破壊と再生
「……破壊?」
「そ、破壊」
この女──莇は、己の力を『破壊』だと言った。どうにも曖昧な能力だ。
蝶野の『再生』は名前の通りで、さっき見た通りだ。
鈴谷の『手に持ったものを何でも切れる刃にする』なんて、もう全部説明してくれている。
アイツの『不可視の物体を操作する能力』も視える俺にとっては分かりやすい。透明な膜を使っているだけなのだから。
しかし、破壊とはなんだ?
言葉の示す範囲があまりに広すぎる。
「それだけじゃ分かんないよねぇ? だいじょーぶ、おねーさんがこれから説明してあげるからさ」
俺の心中を見透かしたかのように莇は楽しげに笑顔を浮かべた。実際、これから自分の能力を話すのは楽しいのだろう。自ら『最強』を名乗るほどなのだから。
「私の異能である『破壊』は概念だ。衝撃による破壊、切断による破壊、爆発による破壊、破裂による破壊──それらは、私が破壊という概念を振るったが故の結果。少年の妹ちゃんのように、物理的に引き起こしている訳じゃない」
「なら、その拳銃は?」
「異能において、大事なのはイメージだ。例えば鈴谷ちゃん。彼女は何でも切れる……と言うが、実際には違う。彼女が切れないと判断したものは切れないのさ。切れる、と思うから切れる。……あ、ちなみに私の能力はそういうのは関係ないよ。概念は上位レイヤー、ここより上の次元から振るわれる力だからね」
確かに鈴谷は言っていた「形あるものなら切れる」と。裏を返せば「形のないものなら切れない」、つまり何でも切れるという訳では無いのか。
「私の能力は、定めた一つのものを破壊する。で、あれを対象にしよう、というイメージを明確化するためにモデルガンを使ってるわけ。まぁ、別に何も無くてもいいんだけど……」
そう言って莇は再び足下の石を一つ拾って手の平に乗せる。俺の前にその手が差し出されるのと同時、それは突然真ん中で二つに割れた。
いや、割れたのでは無い。切られていた。石の断面は凹凸も欠けもなく真っ平らで綺麗なもので、光を反射させてすらいる。
莇の顔を見ると、彼女はにっこりと笑った。
「ね? でもモデルガンを使った方が対象を定めやすいんだよ。今は目の前に一個あるだけだからいいけど、距離が離れると色んなものが目に入るからさ」
しかし、それ程の能力ならば──
「──なんで大妖を殺さなかったのか、って思ってる? それはねぇ、相性の問題さ。私の能力にも弱点、っていうか制約があってね」
そう言って莇は肩を竦めた。
「高さ三メートル、直径二メートルの円柱状。それが私の異能を振るえる範囲なんだ。その範囲内に対象の全体を囲わなくては駄目なんだよ。で、残念ながら大妖はどいつもこいつもデカかった。顔だけでも長径二メートルなんて軽く超えてるから、ピンポイントで潰すことも出来ない。だから、超優秀なおねーさんの力も宝の持ち腐れとなった訳だね。──それともう一つ」
莇は人差し指を顔の前でピンと上に伸ばした。その顔には苦笑いを浮かべている。
「対象を一つずつしか取れない。つまり、範囲攻撃が出来ないってことだね。だから雑魚掃討戦でも大して役に立たない。然程大きくない中妖程度なら殺せるが、別にその程度ならそこら辺の異能者でも殺せるからさ。……それの何処が最強か、と思うだろ?」
実際、いま語られた内容を聞く限り、とても最強とは思えなかったのは事実だ。確かに能力自体は強力だが、それを活かせる場面が無ければ意味がない。
「私は、対妖戦においては役立たず。……だが、どうだ? 高さ三メートルに直径二メートル、この範囲に確実に入るものがあるだろう?」
莇が一旦言葉を切ると、その口端が吊り上がり、その目には昏い光が宿り始める。
「──そう、人間だ。どんな体躯であれ、その範囲を超えることはまず無い。つまり、私は対人戦において最強なんだよ。……ねっ?」
莇が自信満々に言い切って小首を傾げた瞬間、俺の顔に水飛沫のような何かが掛かった。頬を手の甲で拭う。見るとそこには赤黒いナニカが広がっていた。
何かが倒れる音。視線を横に向ける。
俺の横に立っていたはずの蝶野が地面に倒れ伏していた。
──その体を、中心から縦に真っ二つに切断された状態で。
「…………もー!! だから何でそういうことするの!!」
しかし直ぐに蝶野は体を再生させて、眉間に皺を寄せて抗議の声を上げながら起き上がる。
俺は見ていた。今回は蝶野の左半身の断面が泡立ち、肉が盛り上がって彼女の体は──やはり服も含めて──元通りになり、残った右半身は灰のようなものになって大気に消えていった。切断された時には蝶野の服は血に濡れていたが、今は染み一つない状態で、まるで何事もなかったかのようになっている。
「え、なに。めっちゃ見てくるじゃん。もしかして、私のこと好きになっちゃった系?」
じっと蝶野のことを見ていると何を勘違いしたのか両手を頬に当てて、くねくねと体を動かしていた。勘違いも甚だしい。
「蝶野。お前、どこまでその能力は通用するんだ?」
「え? んー、基本全部? 外傷は勿論だし、毒とか呪術とかでも大丈夫だよ。一度死ねば、全部回復した状態で復活! ……ん? そうなると『再生』っていうか『復活』とか『蘇生』とかのが正しいかも? あ、そうだ。体の内側から破壊されたら無理っぽい。異能がそう言ってる。……でも内側ってなに? 呪いとか毒で内蔵にダメージ受けても生き返るし全部無かったことになるし……。となると物理的破壊? ん? 体内から物理的に破壊されるってどゆこと? ……あー、あれか。エイリアンみたいなやつ? お腹からボーン! って何か出てくるとかだったら駄目なのかな……。うえ、痛そ……。でも、寄生型の妖なんかとっくに絶滅してるし、アイツにはそんなこと出来ないし、まぁ、そこは関係ないか……」
俺の質問に簡潔に答えた後に、はっと何かに気付いたかのように顎に手を当て、ぶつぶつと呟き始めた。その言葉は断片的にしか聞こえて来なかったが、どうやら自分の能力を完璧に理解している訳ではないようだ。
ただ、その中に一つ気になるフレーズがあった。
「異能が言ってる、ってどういうことだ?」
「……え? あ、そっか。深く潜ったことないんだね。最初に異能を得た時の感覚ってアバウトじゃん? なんてゆーか……心の中に深く入り込んでくイメージでぇ……。なんかこう、異能と対話する……的な? あ、でも別に異能が意思を持ってる訳でもなくて、より深く知れるというか何というか……。んー! うん! そんな感じ!!」
▽
私には一つ、気になることがあった。
何故、何処からか飛んできたナイフが私の頬を掠めて傷を作ったのか。何故、自律防御が発動しなかったのか。
そんなことは今まで考えたことがなかった。そう、私の力は最強である故に、ただ思うままにそれを振るえば良かったのである。
だから、能力を深く知ることを怠った。
だが、ナイフ一本だろうと私の防御を掻い潜ったからにはその原因を探らなければならない。
目を瞑る。
意識を、精神の奥へと送り込む。
精神の奥に存在する、異能の力の源。
そこへアクセスする。
私の力について、詳細を探す。
正直に言って、私の異能は酷く大雑把だ。
質量を持った不可視の物体を、自由に形を変えて使うだけ。
防御も、向けられた攻撃に勝手に物体が反応するだけだと思っていた。
けれど、あの時は動かなかった。
自律防御の発動条件を探る。
やはり単純だ。思っていたものとほぼ同じだ。しかし、それでは理由が判然としない。
更に奥へと潜る。発動条件に関する、もっと詳細な情報。或いは読み取れる情報から推測できる穴。
心を巡る。
思考を巡らせる。
巡って、巡って、巡って──
──辿り着いた。
発動条件の穴。
しかし、欠陥とは言い難い。この条件を潜り抜けられることはまず有り得ないからだ。
少なくとも、あのナイフを投げた人間の攻撃がもう私に届くことはない。もう、私の防御を突破することは出来ない。絶対に。
──そして、それを知って。
「あはははは!」
私は、愉悦に塗れた嗤い声を上げる。
だって、そうでしょう?
「私を殺せるの、お兄ちゃんだけじゃん。お兄ちゃんなら、私をを殺せるじゃん」
そう、その条件を満たし得るのは世界で唯一お兄ちゃんだけ。
けれど。
「でも、まだ無理だよね。今のお兄ちゃんじゃ。ねぇ、おにいちゃん。私を殺したいなら──」
愉悦と興奮。
息を荒らげて、姿の見えないお兄ちゃんの幻影へと甘く蕩けた表情で手を伸ばす。
「──もっと。もっと、もっと、もっと、もっともっともっと姫華のこと、知って?」
真っ暗な室内に、爛々とした瞳の灯火が揺れた。
「続きが気になる!」「面白い!」と思っていただけましたら感想や評価、ブックマークをお願いいたします。ただ、今の更新速度でそれを求めるのも烏滸がましいので頑張ります……が、頂けるともっと頑張れます。




