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プロローグ

 いつも通りの日々の、その延長線上の一幕。その筈、だった。


 いつも通りに学校へ行って、帰ってきて。祖父母、両親、兄、妹、そして僕の七人でいつも通りに食卓を囲んでいた。

 兄は高校二年生、僕と妹はどちらも小学生で、六年生と四年生と二つ違いだ。


優太(ゆうた)、学校はどうだった?」


「楽しかったよ!」


 祖父が、朗らかに僕に語りかける。


姫華(ひめか)は?」


「たのしかった!」


 祖母が柔らかな笑みを称えて妹に語りかけると、天真爛漫で無垢な笑みを返す。僕はそんな姿が堪らなく愛おしくて、隣に座る姫華の頭を撫でる。姫華は、ぽっと頬を染めて僕の方へと僅かに濡れた視線を向ける。


 幼い僕には、その視線の意味はよく分かっていなかった。ただ、好意的なものであることは感じ取っていたから思考はそこで止まっていた。だから、それに続く「おにいちゃん、だいすき」という言葉には気づかなかった。

 その齢と両者の関係性を考えれば、異質ともいえるに湿り気と粘着性を持った響きにもまた、誰も気づいてはいなかった。


「無事、務めを果たしてきたようで何より」


 食事が一区切りついた後、父が厳かな声を向ける。それは兄に対しての言葉だった。


「聞いてたほどじゃなかったな、あの鬼蜘蛛ってやつ。文字通り、灼き尽くしてやったよ」


「『灼熱』の異能。単純であるが故に強力だな。四妖の一柱も下すとは、お前の代で奴らも一掃できるやもしれん」


「噂の『魔王』とかいうのもな。大分苦戦してるんだろう? 勇者様、ってやつもさ」


「アレはあちらの領分だ。任せておけばいい。この国まで害が及ぶようになれば、動かざるを得んかもしれんが」


 父と兄の会話は、僕にはまだ難しかった。ただ、兄だけではなくて父と祖父も特殊な力を持っていて、それを使ってナニカと戦っているらしい。異形の怪物、あやかしと呼ばれるモノたち。僕の家は、特殊な力を持っているが故に代々そいつらを討伐しているらしい。尤も、そういった力を持った人達は他にもいるそうなのだが。

 僕も姫華も、まだその力とやらには目覚めていなかった。いつ、どんな力が目覚めるのか、それは分からないらしい。僕にとって兄は正真正銘のヒーローで、僕もいつかその横に立って戦うのだと、そう信じていた。


「ねえねえ、おにいちゃん」


 姫華が、僕の袖を引っ張る。妙な甘ったるさを帯びた声。


「おにいちゃんは、わたしのこと、すき?」


「うん、すきだよ」


「だいすき?」


「もちろん、だいすきだよ」


 唐突な質問だったが、当たり前の言葉を返して再び姫華の頭を撫でる。姫華は僕の方を向いて満面の笑みを浮かべた。邪気のない、どこまでも純粋な笑みだった。少なくとも、僕にはそう見えた。


「ぐぅっ⋯⋯!」


 不意に、その場に似つかわしくない苦しげな声が響く。その声の主──父が目を見開き、苦悶の表情に歪む。


 ──そして、ぐるりと頭部が横に回転した。


 一回転、二回転、三回転⋯⋯徐々にその速度は増していき、やがて、捻じ切られて吹き飛んだ。次いで頭部を失った首から噴出する、鮮やかな血液。あまりに突然の出来事に一瞬の静寂が訪れ、その血液を顔面に浴びた母から叫び声が上がった。いつものんびりとしている母が出したとは思えない、甲高い声だった。


 僕は、目の前の出来事を受け止めきれなくて、理解しきれなくて、ただ呆然としているだけ。そんな僕の腕を兄が引っ張り、そのまま強引にリビングから離れた奥の部屋へと連れ込まれていた。


 そして、有無を言わさずに襖の奥へと無理矢理に押し込む。何が何だか、僕には分からなかった。ただ、先程の父の苦悶に満ちた表情が頭から離れなくて、徐々に恐怖が体を支配していき、同時に家の奥から底知れない冷気のようなものを感じて、何をすることも出来ずに目に涙を溜めた。頭の中はぐちゃぐちゃで何も考えられない。


「クソったれ、あれはどういうことだ⋯⋯」


 兄が忌々しげに呟く。僕よりは、今の事態を察しているようではあった。


「しかし、あれはもう⋯⋯。──優太はここに隠れてろ」


 兄は悲壮感を滲ませ、けれども何かを決心信じたかのように目付きを鋭くする。

 そしえ、乱雑に、でも確かな優しさを感じる手つきで僕の頭を撫でる。けれど、その温もりが離れるのがとてつもなく寂しくて、涙を浮かべて袖を引く。


「直ぐ、終わるさ。兄ちゃんが強いのは、優太も知ってるだろ? だから、待っててくれな」


 優しげな笑み。そうだ、僕は兄の強さを知っている。何度も何度も武勇伝を聞いて、その度に目を輝かせた。兄はどんな相手だろうと、その力で捻じ伏せてきたのだ。

 だから、今回だって。

 僕は頷きを返して兄を見送る。兄は最後に小さく笑みを浮かべて、襖の戸を閉めた。


 ──暗闇が、辺りを支配する。


 怒号が聞こえた。

 悲鳴が聞こえた。

 何かがコワれる音が聞こえた。


 僕はただ恐ろしくて、兄の撫でてくれた温もりを忘れないようにしながら、両手で耳を塞ぎ、目を固く瞑っていた。



 ⋯⋯どれだけの、時が経っただろうか。


 恐る恐る手を外してみると、もう何も物音は聞こえない。暗闇の中を静寂が支配していた。けれど、決して動きはしない。いずれにしても恐怖で動くことなど出来はしなかったが、只管に待っていた。兄が笑顔で僕を迎えに来ることを。


 小さな、足音。

 そして、襖が開いた。


「うっ⋯⋯」


 暗闇に慣れ切った目が襖の向こうの光に当てられ、視界が飛んで小さく呻き声を漏らす。程なくして、目の前の光景が明瞭になっていった。




「お、ま、た、せ!」




 目の前に、兄の顔があった。きっと、僕は安堵しただろう。

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 何者かにその髪を掴まれて中空にぶら下がった兄の生首は、ナニカの力で不自然に動かされて、歪な動きで歪んだ声を上げた。悲しげに血の涙を流しながら。

 そして、まるでボールか何かのようにその場に無造作に落とされた。ごろりと転がる頭部を、唖然として視線で追う。


「ねぇ」


 頭上から声が降りてくる。そう、そうだ、目の前には兄をこんな風にした何者かがいるのだ。


 きっと次は僕の番なのだという恐怖に息を荒げながら、恐る恐る顔を上へと上げる。


 そのモノと目が合う。


 絹のように滑らかな肌は、ドス黒い血で汚れていた。

 いつも天真爛漫で光り輝いていた目は、その中に泥を溜め込み闇に沈みきっていた。

 しかし、そこには獲物を狙う肉食獣のような鋭い光も僅かに潜んでいて。


「これでふたりっきりだね」


 そう言って姫華は──僕の大切な妹は、どこまでも妖艶に、そして獰猛に、わらった。

姉と妹だと、妹の方が拗らせてるイメージです。

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