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みんなが聖剣を狙ってる。  作者: 長坂グリム
5章 セラド・コリニー
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18 作戦はシンプル

 ミアリツェは、海岸近くに迫る断崖絶壁に囲まれた街だ。

 街の中心部は港のすぐそばにあり、狭い平地に建物が密集している。平地を囲う斜面にも家々が張り付くように建っていて、白い壁がそびえるような独特な景観を形成している。崖の上にも住宅街は広がっているが、その周縁は山岳地帯になっていて、深い緑色の森林に覆われている。

 もっとも、フェリクス達がミアリツェにたどり着いた時、ミアリツェ周辺とその近海は深い霧に覆われていた。


「お互いの旅先の無事を祈って、乾杯だ」


 海を見下ろす居酒屋、「七色ドクロ」亭にて、フェリクス達はお別れの食事会を開いていた。

 昼食にはあまりにも遅く、夕食にはあまりにも遅い時間帯。

 深い霧に包まれた海から吹き付ける湿った風を浴びながら、アイニーアは杯を掲げる。


「乾杯。……みなさん、お世話になりました」


 ワインを軽く一口飲むにとどめ、テーブルに置く。


「あっという間だったな。途中でちょいと足止めを食ったとは言え」

「ずっといい天気だった分、それなりに取り返したような気はするが」

「ということは、アイニーア殿は晴れ女ですかな」

「どうでしょうね……? 今はすごい霧ですよ」

「ミアリツェに来たらきれいな海が見られると思っていたんだけどねえ。こんなに濃い霧とは」


 ナーレン、ミラ、ユリディス、オボロが口々に語り、笑いあう。

 ただ一人、アイニーアは愛想笑いを浮かべつつも、内心はひどく重い。

 一週間の旅の間、アイニーアは必死に考え続けてきた。師の解放とフェリクスの救命を両立させる方法を。

 そんな都合のいい話が、簡単に思いつくはずもない。

 それでもアイニーアは、今も必死に考え続けている。思考能力をフル回転させすぎて、頭の中が真っ白になるほどに。


「……アイニーア、さっきから食べる手が止まっているじゃないか」


 オボロに指摘されて、アイニーアははじめて気付く。自分の取り皿に盛られた海鮮料理が、まったく減っていない。


「最近、まるで食欲がないじゃないか。マルシオン村での怪我、まだ調子が悪いのかな?」

「え? い、いやあ、そんなことないですよ」


 慌てて言いつくろい、アイニーアは料理を食べ始める。


「港町だけあって、海鮮料理おいしいですねえ! 何を食べてもおいしいですよ!」

「同感だ。私も、ブリトーの具にイカやエビを詰めるのはいかがなものかと思ったが……」


 ミラは海鮮の具が詰まったブリトーを手に取り、一口かじる。


「食べてみると、なかなか悪いものではない。なんでも合うものだな。これから、海沿いの街では海鮮ブリトーを探すことにしよう」

「ラングイユにもあるといいですねえ。私はしばらくここに留まるつもりですけど……」


 和気藹々とした雰囲気のうちに、フェリクス達は食事を食べ終える。

 そろそろ店を出ようか、というタイミングで――


「……誰か!」


 突然、切迫した様子の男性が店に飛び込んでくる。

 栗色の髪を刈り込んだ大男だった。旅装に帯剣していて、いかにも冒険者風の出で立ちをしている。

 店内をささっと見回して、フェリクス達の存在に気付くと、早足で近づいてきた。


「あんたら、見たところ冒険者みたいだが」

「ああ、冒険者ギルドの人間だがね」


 フェリクスが答えると、男は少し安堵したような表情を見せた。


「冒険者ギルド! そいつは良かった。俺も冒険者ギルド所属、セラド・コリニーってもんでね」

「コリニー⁉」


 フェリクス、ナーレン、ミラ、ユリディスが大声を上げる。周囲の客達が思わず振り向くほどに。

 当のコリニーも驚き、一歩退く。


「な、なんだよ。おまえら、俺のこと知ってるのか?」

「あー……まあ、気にしないでくれ。それより、何かあったのか? 急いでいる風だったけど」

「そ、そうそう、それなんだ。実はパーティメンバーが大怪我して、山上に取り残されている。俺一人じゃどうにもならないんで、人手を借りに来たんだ」

「そりゃまずい。手を貸そう」


 フェリクスが素早く立ちあがり、ナーレン、ミラ、ユリディスがそれに続く。

 そしてアイニーアを振り返り、握手を求める。


「急で悪いが、ここでお別れだ。運が良ければ、いつかまた会えるだろ」

「そ……そうですね……」


 アイニーアは最後の判断を迫られる。

 コリニーの救援要請は、ヴェルキスの言っていた罠に違いない。

 このまま見送れば、フェリクス達は皆殺しにされる。

 一言、「これは罠だ」と言えば、フェリクス達は死の罠から逃れられる。

 けれども――

 師マウアーを救う機会は永遠に失われる。

 そして、今まで真の目的を打ち明けず、スパイとしてフェリクス達に同行してきた後ろめたさが、アイニーアの口に固い鍵をかける。


「またいつか、会えるといいですね……」


 そう言葉を返し、フェリクスの手を握り返すことしかできなかった。


「楽しい一週間だった」

「また会おう」

「天の導きがあれば、再びまみえることもありましょう」


 ナーレン、ミラ、ユリディスが、次々と別れの言葉を告げる。

 最後にオボロが手を振った。


「これが今生の別れというわけじゃない。いずれ再会できるような気がするよ」


 そして、フェリクス達は店から立ち去っていった。

 辛うじて笑みを浮かべながら、アイニーアは一行を見送り――大きく肩を落として、ため息をついた。


「今生の別れじゃない、ですか……」

「フン。マヌケな奴等だ」


 背後からの声に、アイニーアはびくりとして立ちあがり、振り返る。


「また会おう、だと? 奴等は明日の朝日を拝むことすらかなわんだろうよ」


 ヴェルキスがフードを脱ぎ、邪悪な笑顔をアイニーアに見せつけた。


「ヴェルキス……! そこにいたんですか!」

「フッ。おまえが連中と食事をとっているところをずっと監視していた」


 内心、アイニーアは戦慄した。

 フェリクス達にちょっとした警告のサインを送っただけでも、ヴェルキスは感づいたことだろう。


「潮臭い食事ばかりで、どうも受け付けん。劣等種どもの味覚はまるで理解出来んな。ワインくらいは、それなりのものと認めてやってもいいが」

「これから、どうするんです?」


 問われて、ヴェルキスは店の外を覗き込むような仕草を見せる。


「雇った連中に合図を出す」

「雇った連中……?」

「作戦はシンプルだ。コリニーが連中を人気のない場所におびき出し、そこを数の暴力で押し潰す。金が掛かるのが唯一の欠点だが、確実な手段だ」


 アイニーアの顔が青ざめる。

 アイニーアの内心に気付くことなく、ヴェルキスは言う。


「さて、おまえはどうする? 俺と一緒に来るか? 暴力沙汰を見たくないなら、先に宿屋で待っていてくれても構わんが」

「……行きます」


 少し考えてから、アイニーアは答えた。


「どうなるにせよ、結末から目を背けるわけにはいきませんよ」

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