20 死せる弔問客
「⁉ てめえ……!」
フェリクスは咄嗟に剣の柄に手をかける。
ロアリーもミラも、思わず戦闘態勢を取る。
「諸君、幻に怯える必要はないよ。彼は一人だけだ」
ただ一人、オボロは冷静に、フェリクスたちに呼び掛ける。
「レプリカの気配は感じない。つまり、レプリカの持ち主はどこか遠くにいるってことさ」
「……そうかい」
フェリクス達は戦闘態勢を解く。最大限の警戒はしながらも。
オボロは来訪者に語りかける。
「さっきはどうも、僕たちを引きずり回してくれて。こんなに早く再会できるとは思っていなかったよ」
「フフフ……」
海賊帽の男は、落ち着いた様子で、静かに微笑む。
「まずは、お名前を教えてくれるかな」
オボロに乞われて、男は海賊帽を脱いだ。帽子を胸に当てて、小さく一礼する。
「私はベルナール・イベルズ。かつてピレンヌ隊の遭難事件で生き残り、そこのジャンヴィル達に殺された男だよ」
「その自己紹介は、ある意味では正しいが、ある意味では間違っている」
フェリクスたちが殺気立つ中、オボロが冷静に応対する。
「君は、聖剣オボロブランドのレプリカによって生み出された幻影だろう。つまり、僕の同類だ。本物のベルナール・イベルズじゃあない」
「同類……なるほど。あなたはただ者じゃないと思っていた。私と同じ存在とはね」
海賊帽の男――ベルナールは小さく笑った。
「ここに本物の聖剣がある」
フェリクスが一歩踏み出し、腰に差した聖剣を見せつけつつ、オボロを指さす。
「こいつは、この聖剣が生み出した幻だ。あんたも剣が生み出した幻で、どこかに剣の持ち主がいるはずだよな。ジャンヴィルだけじゃねえ、ターク・バーコットをはじめ、ピレンヌ隊遭難事件の生き残りを襲った殺人犯が」
「やはり、そこまで調査済みか。大したものだね」
穏やかな態度を保ったまま、ベルナールは語る。
「さぞかし、犯人を捕まえたいところだろう、あなた方は。たしかに、近所にまでは来ているよ。だが、決して見つからんよ」
「だろうな」
フェリクスは認めた。既に周囲は真っ暗、星すら見えない闇夜だ。闇に紛れた相手を探し出すのは不可能だろう。
「それじゃ、一体何しに来た? ジャンヴィルが死んだのを確認しに来たのか? それとも、護衛対象を守り切れなかったマヌケどもをあざ笑いにでも来たか?」
「そんなつもりはない。私は話を聞いてもらいに来た」
「話を聞けだと……? ジャンヴィルを殺しておいて、寝言でも言っているのか?」
ヒートアップしかけたフェリクスだったが、
「まあ落ち着け。向こうに言いたいことがあるってんなら、聞いてやろうじゃないか」
ロアリーがフェリクスを引き下がらせる。
「俺たちも色々聞きたいことがあるしな。まず、あんたの持ち主の名前を教えてもらえるとありがたいんだが」
「それは教えられない。ただ、復讐者とだけ言っておこうか」
「復讐者?」
「私を殺した男達に復讐をする者だよ」
「はーん。じゃあ、あんたのことについて聞きたい。そう言えばさっき、『ジャンヴィル達に殺された男』とか名乗ってたっけな。どういう意味だ?」
「文字通りさ。五年前、遭難事件の後の、山賊狩りの途中で、私はジャンヴィル達五人に殺された」
過去を思いだしてか、ベルナールの顔つきは暗くなる。
「事の発端は、隊商の遭難事件だ。もちろん君達も知っているだろうね? 山賊達は丘越えルートに罠を張り、落石で隊商の護衛隊を壊滅させた。用意周到な襲撃だったよ。そう、あまりにも手際が良すぎた。まるで、ピレンヌ隊があのルートを通ることを事前に察知していたかのように」
「……誰かが山賊に情報を流していた、とでも言いたいのか?」
「そうだ。ターク・バーコット達が山賊に、隊商の進路を漏らしていた。山賊どもはその情報を元に罠を張って、隊商を襲撃したんだよ」
「証拠はあるのか?」
「その後、ターク・バーコットが財をなしたことは知っているだろう。隊商からの略奪品を売り払った金を元手にして、大成功したんだよ」
怒りの色を声にこめて、ベルナールは語る。
「襲撃の時、私は偶然生き残った。そして山賊狩りの最中に、バーコットが山賊どもと通じていることを悟った。あいつは最前線に立って戦っているふりをして、山賊どもを逃がしていたんだ」
「で、そのことをその場でバーコットに訴えたのか」
「ああ。二人きりで話す場を設けて、あいつに言ってやった。ところがバーコットは、遭難事件の生き残り仲間を買収していた。結果、バーコット達が逆に私を追い詰めて――」
「処刑した?」
「そう、処刑だ。私はバーコットの罪を暴こうとして、逆に処刑された」
「だから今、復讐を果たしている、というわけか」
ロアリーの言葉に、ベルナールは大きく頷いた。
「その通り。四人まで報いを受けさせた。だが最後の五人目、キースリーは、あなた方ががっちりガードしている。さすがにこのままじゃ、復讐を完遂できない。だからこうして、あなた方の良心に訴えかけに来たというわけさ。バーコット達はギルドメンバーを裏切った。私だけじゃない、遭難事件で命を落とした十四人も、バーコット達に殺された被害者だ。重大な背信行為を行った者達が、のうのうと生きていていいはずがない」
「…………」
フェリクスは言葉を失う。
主張が事実であれば、ベルナールの――そして、「復讐者」の行いも理解できる。
けれども――
「おたくの言いたいことはよく分かったよ」
何食わぬ顔で、ロアリーは言う。
「とはいえ、調査部員ってのは、ありとあらゆることを疑ってかからねばならない、因果な商売でね。少なくとも、キースリーの主張を聞かないことには、はいそうですか、こちらキースリーの生首ですので持っていって下さい、とは言えんよ」
「キースリーが正直に答えるとは思えないがね。過去に犯した罪を悔い、正直に告白するような人間であれば、そもそも五年前、私の告発に同意してくれたはずだが」
「それは聞いてみなければ分からない」
「キースリーが何を言おうと、私は必ず復讐を遂げる」
そう宣言してから、ベルナールは一息ついて、緊張を解く。
「また来るよ。次にはいい返事が聞けることを期待している」
くるりと踵を返し、開け放たれた戸口から出て行こうとする。
「ちょ……ちょっと待て!」
咄嗟に、フェリクスはベルナールを呼び止めた。
ベルナールは足を止め、くるりと振り返り、フェリクスの言葉を待つ。
「えーと、その……一週間後だ!」
「一週間? 何の話だ」
「一週間で、あんたの話の裏付けを済ませる。キースリーの話も聞けるだろう。そのうち正気に戻るはずだからな。そして、俺たちとしての結論を出す。あんたの話が真実ならば、キースリーの身柄を引き渡す」
「おい、本気で言っているのか、フェリクス!」
ミラが鋭い声でフェリクスを咎める。
が、フェリクスはそれを無視して更に言った。
「もし、ギルドメンバーを裏切り死に追いやった者が、何の制裁も受けずに生きているのならば、然るべき報いを与える必要がある。あんたの怒りも正当だ」
「ほお……そいつは、心暖まる意見だ」
「だから一週間後、もう一度来てくれ。ただし、本人も来い」
「本人……?」
「あんたの持ち主、実際に四人を殺した人物に、だ。是非とも直接お目にかかりたい」
「おびき出して捕まえようって腹づもりかな」
「そんなつもりはないさ」
ロアリーがフェリクスの話に乗った。
「こっちは、ギルドメンバーを差し出してやろうと言っているんだ。ギルドにバレたら、俺たちが制裁されかねない。危ない橋を渡る以上、そっちにも誠意ってものを見せてもらいたい」
「…………」
「会合の場所はそっちが決めてくれ。病み上がりのキースリーを連れていく都合上、ラボラスかその近辺を指定してくれると都合がいい」
申し出について、ベルナールはしばらく考え込んでいたが――
「……分かった。会合の場所は後で伝える」
ついに承服した。
最後に手を一振りすると、戸口から出て行った。
「よくやった。これで敵と直接対面できる」
ベルナールの気配がすっかり消えてから、ロアリーはフェリクスに言った。
「しかし一週間とは、随分短めに区切ってくれたな。一週間でファルモントを見つけられるかどうか、かなり怪しいぞ」
「仕方ねえだろ。あそこで一年待てとか言えるか」
「まあ確かに。しかし面倒だな」
腕組みして、ロアリーは考え込む。
「ま、君にしてはいい判断だったよ」
オボロはフェリクスを励ますように言った。
「ベルナールの話に同情し、キースリーを売ってもいいと臭わせることで、彼を信用させた。殺人犯本人を引っ張り出さない限り、問題は解決しないからねえ」
「……なんだ。キースリーを引き渡す、ってのはウソか」
ほっとした様子で、ミラは呟く。
「必ず、とは言ってねえ。方便って奴だ」
フェリクスは固い表情で答えた。
「俺はキースリーを信じるぞ。ベルナールが一方的に語った内容が真実の全てだとは限らねえ。判断はキースリーの話を聞いてから下す」
「もちろんだ。それでいい」
ロアリーはフェリクスの肩を軽く叩いた。
「ただし俺は、ベルナールの話が全て真実であるという可能性についても備えておく。キースリーたちが仲間をハメて謀殺した、って言うんなら……」
「その時はどうする?」
「おたくが言った通りだよ。ギルドメンバーを裏切った者に対しては、必ず制裁を下さねばならん」
低い、しかしよく響く声で、ロアリーは断言した。
室内は重苦しい沈黙に包まれる。
ロアリー自身が苦笑を漏らして、部屋の空気を和らげた。
「何にせよ、一週間後だ。必要な情報をかき集めて、一週間後にケリをつける」




