11 悪霊を呼び出す魔剣
酒場のフロアにはいくつもの丸テーブルが据えられ、テーブルを囲む酔っぱらい達が大声で騒いでいた。
ラドラムたちが入店しても、彼らは一切気にしなかった。飲み、騒ぐことばかりに夢中で、三人の外来者が踏み込んできてもお構いなし。むしろ飲み仲間が増えたとでも思ったか、気安く話しかけてくる。
「よう兄ちゃん! 俺の代わりに小便してきてくれねえか? さっきから漏れそうでよお」
ラドラムはちらりと一瞥をくれただけで、通り過ぎる。
「小便は、自分でした方がいいよ」
フリアンは酔っ払いを立たせ、戸口の方へと押し出した。老いた酔っ払いは「やっぱり自分でするしかねえか!」などと言いながら、千鳥足で出て行った。
店の奥の方は、比較的アルコールの気配が薄い。
代わりに満ちているのは、ギャンブル特有の張り詰めた空気。
カードゲームに勤しんでいる客達が、ひたすらに自分の手札をにらみつけている。
テーブルの上ではトランプカードが飛び交い、銀貨銅貨が山積みされている。カジノコインがこのような場末の酒場に用意されているはずもなく、現金を直接やりとりしている。
ギャンブラー達は全員武装している。剣を腰に差す、すぐそばに剣を立てかける、あるいは胸元に短剣を忍ばせる、など得物、持ち方は様々だが。
武装している理由は二つ。
一つは、勝負に不満を抱く者が暴れ出した時、自衛するため。
もう一つは、勝負に不満を抱いた時、暴れるためだ。
いつ爆発してもおかしくない、危険な雰囲気の中に、ラドラムは踏み込む。
「あれが、ワンペア・トビーでさあ」
一番奥のテーブルを指さしながら、ボーモントが告げる。
フードをかぶった男が、カードを握ってゲームに興じている。顔色は妙に白く、そして無表情だ。うつろな視線を彷徨わせ、口を閉ざしている。恐ろしく集中しているであろうことが、一目見て分かる。
そして、腰に剣を差している。その拵えは、聖剣オボロブランドにそっくりだ。
「ポーカーフェイスだねえ。何を考えているのか、さっぱり分からないや」
小声で、フリアンは感想を述べる。
一方、ボーモントは首をひねった。
「いやあ……あの様子、トビーは苛ついてるね」
「そうなの?」
「素人には分かりにくいだろうが、ありゃうまくいってない顔だね」
テーブルに積み上がっている賭け金は、そこまで多くはない。大勝負にはまだ遠そうだ。
ラドラムたちは少し距離を置き、勝負の行方を観戦する。
「……あの男は誰だ」
ラドラムはトビーの後方を指さす。
トビーの手札をのぞき込める位置に、一人の男が立っている。
鼻の下に髭を蓄え、よく手入れされたスーツを身にまとっている。上級カジノに入り浸る、凄腕のギャンブラー、という出で立ちだ。
少々場違いな格好だが、周囲の客達が気に留めている様子もない。
「いや、知りませんね。誰でしょう?」
ボーモントは首をひねる。
「最近トビーとつるみだした奴なんですかね? それなりの仲のようには見えますけど」
プレイヤー達は手札を交換する。
トビーも二枚のカードを取り替えた。取り替えたカードを確認した後も、トビーの表情は動かない。
勝負から降りる者はおらず――全員が手札を開示する。
どよめきが上がる。
勝ったのは、トビーの隣の男だった。
一気に場の空気が緩む。勝者は喜びを隠しながら賭け金を回収し、敗者達は肩を落とし、あるいはため息をつく。
一勝負ついたが、誰もテーブルを離れる様子はない。そのまま次のゲームに移行すると思われたが――
「トビー。今のは何かね?」
トビーの背後の男が、トビーに説教をはじめた。
「ここの流れからブラフ勝負に行ったのは結構。しかし何故賭け金を渋った? あの程度では相手はビビらんよ。むしろ心の内を見透かされる。もっと思い切った吊り上げで……」
「……うるせえ!」
トビーはいきなり剣を引き抜き、背後の男に斬りつけた。
刃は完全に男の胴を捉えたが――すり抜ける。まるで幻を斬ったかのごとく。
「なに……⁉」
思わずラドラムも目を剥く。
「黙れ! うるせえ! 人のやり方に口出しするなっ!」
トビーはヤケクソ気味に剣を振り回し、何度も男に斬りつける。
普通の人間が相手ならばめった斬りにされているところ、男は直立したきり。薄ら笑いを浮かべる余裕すらあった。
この異様な風景に、ギャラリー、他のプレイヤー達は慌てふためいた。自分の金をかき集め、カードを散らしながらそそくさと去っていく。
十何度も斬りつけた後、やっとトビーはむなしさに気付いたか、手を止めた。大きく息をついて、もう一度席に座りなおす。
そしてやっと、ボーモントに気がついた。
「お取り込み中の所すいません、旦那」
ボーモントが挨拶すると、トビーはふっと怒りの色を消した。無表情を装う――が、その顔には消そうとしても消せない苛立ちのような感情が残っている。
「ボーモントか……」
「こちら、先にお話しした方を連れてきましたぜ」
ボーモントの紹介を受けて、ラドラムが一歩進み出る。
「俺はラドラム・アイアンサイド。あなたのその剣を買い受けたい」
「この剣ね……」
トビーは剣を鞘にしまうと、無造作にテーブルの上に放り出した。
「金は用意した」
ラドラムは懐中から金貨を詰めた小袋を取りだし、テーブルに置く。
これはあくまでも最初の価格。いわばオープニングベットだ。トビーがどこまでレイズを仕掛けてくるか、ここから勝負スタートだ――と内心で覚悟を固める。
ところが、
「分かった。持ってけ」
トビーはあっさりと即決し、小袋を受け取った。
「なんと。もうコールだと? トビー、レイズはせんのかね?」
背後の男が驚きの声を上げる。
「あんたと別れられるなら、なんでもいい。なんならこっちから金を払って持っていって欲しいくらいだよ」
トビーはもう一度レプリカ剣を掴み、ラドラムの胸元に放り投げる。
「聖剣のレプリカだかなんだか知らねえが、とんでもねえ。こいつは悪霊を呼び出す魔剣だよ」
「悪霊だと?」
「あんたにも見えてんだろ? 悪霊がよお」
背後の男を、トビーは乱暴に指さした。
「その剣を手に入れてから、こいつがつきまとうようになりやがった。ハーウェルつって、随分昔、俺が屈辱的な大負けを食らった相手だよ。数年前に死んだって聞いてたのに……。こいつは俺のギャンブルを論評して、俺のミスをいちいちあげつらいやがる」
「明白なミスは指摘せねばならん」
したり顔で、背後の男――ハーウェルは言う。
「ミスを理解し、反省してこそ、次の勝利に繋がる。数多の失敗を繰り返してこそ、初めて強いギャンブラーになれるのだよ」
「うるせえ!」
トビーは一喝して黙らせ、ラドラムに向き直る。
「あんたがその剣を買ったってことは、次にあんたがこの悪霊に付きまとわれるってこった。ご愁傷様だな」
「……どういうことなの?」
フリアンがボーモントに助けを求める。
ボーモントは肩をすくめる。
無表情を装いつつ、ラドラムも困惑するしかなかった。
「安心したまえ」
ハーウェルは穏やかに、ラドラムに呼び掛ける。
「この姿はここまでだ。私の姿と人格は、剣の持ち主によって変わる。たった今、所有権が移った以上、この姿とも人格ともお別れだ。ほれ、この通り」
そして、その場でくるりと一回転してみせる。
一回転を終えた時、ハーウェルの姿は消え失せ、別人の姿になりかわっていた。
長い黒髪を伸ばした、黒衣の美女の姿に。
「…………⁉」
さしものラドラムも、動揺を隠せない。
美女は閉ざしていた瞼を開き、ラドラムを見据えると、薄く微笑んでみせた。
「……お久しぶりね、ラッド」
強烈な寒気を覚え、ラドラムは立ち尽くす。
あまりのショックに、一言漏らすのが精一杯だった。
「姉さん……!」




