16 聖剣vsレプリカ
「魔獣ども! こんな時に寄ってくるんじゃないよ!」
ナーレンが叫び、森から現れた魔獣の群れに炎の弾を打ち放つ。
闘争の気配に誘われたか、十数匹の魔獣たちがゾロゾロと寄せてきた。ゴブリン風の二足歩行魔獣、背や角に枝葉を生やした四足獣の魔獣が、ナーレンたちに迫る。
「フェリクスに加勢したいところだが、こっちが優先か……! 死ぬなよ!」
大声で呼び掛けつつ、ミラがメイスを振るい、魔獣たちに立ち向かう。
ブロサルドとアローラも、押し寄せる魔獣の波を押し返すべく前進。
フェリクスとセザルは一対一で対峙する。
「ぬらぁぁぁぁ――ッ!」
セザルが一気に押し寄せる。防御をまったく考えない勢いで剣を振るい、真っ向からフェリクスに斬りつける。
フェリクスも真っ正面から剣で受け止める。
二本の刃が噛み合った瞬間、強烈な風圧に襲われる。
フェリクスのジャケットの胸部が、一直線に裂ける。
「なに⁉」
予想外の事態に、フェリクスは慌てて飛びすさり、距離を取り直す。
傷は浅い――というか、そもそも肌にまで達していない。上衣が浅く裂けただけだ。
だが明らかに、セザルの斬りつけでできた裂け目だ。完全に剣で受けたはずなのに。
「おいオボロ! あの野郎の剣から衝撃波みたいなのが出てきたぞ!」
「出るかもね。聖剣は持ち主の怒りの応じて力を増すって言っただろ」
そばに控えるオボロが、脳天気な調子で返す。
「今はまだしょぼい威力のようだけど、時間が経つほどにパワーアップするかもよ」
「フェリクスゥゥ!」
セザルが叫び、捨て身の斬撃を放つ。
フェリクスは大きく退き、大きく避ける。
セザルが一振りするごとに、地面に裂け目が刻まれる。明らかに切っ先と地面が触れていない場所も裂け、雑草が舞い上がる。
「逃げるなッ! さっさと死ね! 聖剣は私のものだッ!」
半狂乱の体でセザルは剣を振り回し、恐れることなく踏み込み続ける。
フェリクスは防戦一方に徹するしかない。反撃の暇を掴めず、後退を余儀なくされる。
しかしついに、その背が壁のようなものにぶつかる。見上げれば、魔界樹ではない大木が、フェリクスの背後にそびえていた。
「やっと追い詰めた……!」
セザルは歯をむき出しにして笑う。肩で息をし、激しく消耗しているものの、勝利を確信して力強く踏み込み、
「死ねッ!」
中段の横薙ぎを放った。
光り輝く刀身が、大木の幹を捕まえて――
ケーキのごとく、あっさりと斬り裂いた。
だが、その手前にいたはずのフェリクスは、セザルの視界から消えていた。
寸前、寝転がる勢いで身を捨て、地面すれすれから一閃を放つ。
無防備なセザルの腹部を捉え、真一文字に裂く。
フェリクスは真横に転がり、セザルの間合いから逃げて、立ち直る。
「な……に……」
セザルは目を剥いたまま、しかしその表情は憤怒から当惑へと変わる。
腹から大量の血を流し、その場に両膝をつく。
剣を地につき、立ちあがろうとしても、立ちあがれない。
大木の枝葉がざわめく音が、耳を聾する。
セザルはその場で頭上を見上げる。
彼が最期に見たのは、自分の方に向かって倒れてくる大木の樹皮だった。
「どうやら、剣を折る手間が省けたようだね」
真ん中から二つに折れたレプリカ剣を見ながら、オボロは淡々と言った。
大木の倒壊に伴い、変な巻き込まれ方をして、はじけ飛んだのだろう。レプリカ剣は大木から離れた場所で、折れて転がっていた。
「そのようだな……」
力ない声で、フェリクスは答えた。
例え憎い敵であろうと、大木の下敷きになるという凄惨な死を遂げ、しかもその瞬間を目の当たりにしたとあっては、喜ぶ気にはなれなかった。
「幹ごと真っ二つとか、冗談だろ。レプリカなのに、こんな威力が出るのか」
セザルの最後の一撃は、大樹の幹を完全に両断していた。
その断面はつるりとして滑らか、刻まれた年輪がはっきりと読み取れる。
ここまできれいに切れるとは、当のセザルですら予測していなかっただろう。
「聖剣は持ち主の怒りに応じて力を増す。この刺客は君に怒りを覚えて、聖剣の力を発揮した。木が切れたのはそのついでだね」
咄嗟の判断で逃げていなければ、フェリクスも死んでいた。それを思うと、心を落ち着かせるのにはまだ時間が掛かりそうだった。
あたりを見渡す。貴族風の男はもちろんのこと、セザルの従者も姿を消している。主人の死を目の当たりにして、さっさと逃げたようだ。
魔獣を撃退したミラたちが、フェリクスのもとに歩み寄る。
倒木の下から伸びる手に顔をそむけてから、ミラは折れた剣を見つめ、オボロに問いかける。
「これでいいのか? 剣を砕けば、宿っていた力が元に戻ると言っていたが」
「うん、そこは目論見通りだよ。ほんの少しだけながら、なくしていた力が戻ってきた。予定じゃ、もう少し先のことになるはずだったんだけどねえ」
「……そうだ。ミノン……!」
フェリクスは頭をもたげ、弾かれたように走り出す。
一瞬遅れて、ミラたちもその後を追う。
メデューサヘッド亭の一階フロアで、宿屋の大将は数人の衛兵達と話し込んでいた。
飛び込んできたフェリクスたちに気付くと、足下を指さしながら叫ぶ。
「あ、あんた方! お仲間の方が……!」
血臭が、フェリクスの鼻孔を打つ。
ミノンは担架の上に仰向けに寝かされていた。
全身血まみれになって、ぴくりとも動かない。命の気配は完全に消え失せている。
いつもそばにいたマノンの姿は、どこにもない。
「……クソッ!」
フェリクスは壁を叩き、嘆くことしかできなかった。
数日後――
「すまない、ミノン。俺がラボラスに来たばっかりに」
ミノンの墓前にて、フェリクスは後悔を口にする。
ミノンはラボラスの公共墓地に葬られた。それなりに立派な墓石を立てられたのは、スレッサー卿による出資のおかげだ。
しかし、いかに墓石が立派であろうと、ギルドの仲間を失った悲しみは、たやすく癒やせるものではない。
「おまえの気にすることじゃない。一番悪いのは、ミノンを殺した奴だ」
ブロサルドが慰めの言葉をかける。
「……気を遣わせて悪いな。パーティメンバーだったお前らの方が悲しいだろうに」
と言葉を返してから、フェリクスは怒りをたぎらせる。
「そうだ、悪いのは刺客ども、そして刺客を次から次へと送り込んでくるクソッタレだ。奴等がハッピーエンドを阻害している。なあミラ、ヴェルデニアの全権大使が黒幕だって言ってたよな」
「そうだとシャドウフットは把握している」
「だったら今からカーロンに行く。黒幕をぶっ殺してめでたしめでたし、といこうじゃねえか」
「それは現実的とは言えんな、フェリクスよ」
ナーレンがかぶりを振りながら指摘する。
「帝国の大使を暗殺するなんて、正気の沙汰じゃないぞ。国レベルの問題になる」
「だったら、黙って刺客どもに襲われ続けるしかねえのかよ。俺自身の身は自分で守れるが、周りの人間が巻き込まれるとなったら、どうしようもねえじゃねえか」
「おまえの気持ちは分かる。だが、どうしようもないんだ、本当に」
ミラがフェリクスの肩を叩く。
「その辺を黙らせるために、シャドウフットが働きかけている。私達がコントロールできることじゃない」
「じゃあ俺たちは何をすればいい」
「できることをするのさ。レプリカ剣を探して周り、僕の力を元に戻して、君が安全に聖剣を手放せるように努める」
いつもの薄笑いを浮かべつつ、オボロが言う。
「仲間のために怒るのも結構だけど、君自身も命の危機にあることを忘れてはいけないね」
「……ま、そうだけどな」
フェリクスは頷くしかなかった。
そしてブロサルドに別れの握手を求める。
「いっちょ、気合いを入れる。頼むぜ」
「やろうってのか。遠慮はしないぞ」
笑ってブロサルドはフェリクスの手を握り返し、全力を込めた。
「はあああ――ッ」
「おおおおおッ!」
二人は声を張り上げ、相手の手を潰しにかかる。
しばしの均衡の後――
「……あだだだ! 俺の負けだよ!」
ブロサルドの握力が限界を迎え、悲鳴を上げる。
フェリクスは勝者の笑みを浮かべて、手を離した。
「おまえらは、まだラボラスに留まるんだな」
「ああ……あー痛ぇ」
顔をしかめ、手をブルブルと振りながら、ブロサルドは答える。
「パラミノ村領域は解放できたが、魔界樹の森はまだまだ広い。しばらくここで頑張るさ。おまえらはトロッサに戻るのか」
「そのつもりだ。またいずれ会おう」
挨拶を交わした後、フェリクスは最後にもう一度、ミノンの墓に向かい合う。
そして、ミノンの魂がマノンと共に安らいでいることを、心の底から願った。




