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みんなが聖剣を狙ってる。  作者: 長坂グリム
1章 フェリクス・カルヴァ
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2 意思持つ聖剣

 エスタシア島は、北大陸のすぐ南側に浮かんでいる、巨大な島である。

 大まかに言えば、六角形と四角形を斜めにくっつけたような形状をしている。北東側の六角形はグランガリア王国の領域、南西側の四角形はイベリンギア王国の領域だ。

 フェリクスはグランガリア王国の冒険者ギルドに所属する冒険者である。

 そしてパーティメンバーであるナーレン・エムルハートとともに、国境に近いデミシャム村を訪れていた。


「どうです。痛みが引いてきました?」


 ナーレンは宿屋の軒先の席で、村長の膝に回復魔法をかけている。


「おお、いい具合じゃぞ。膝が温まるわい」


 年老いた村長は椅子に腰掛け、ズボンの右足をめくりあげて、膝を差し出している。年齢の割に太く、腿もふくらはぎも盛り上がっている。長年の農作業で鍛えられた逞しい足だ。

 膝頭のあたりに、黒いアザがある。岩に強く打ち付けた、内出血の痕だった。

 ナーレンは村長の眼前にひざまづき、老人の膝に両手をかざしている。

 その手から、柔らかく温かな輝きが放たれている。回復魔法の波動だ。


「森の中でずっこけて、膝をしたたかに打ってしもうて。立ったり座ったりするたびに痛みよる。年じゃな」

「それはそれは、不運でしたね。……そろそろどうです?」


 ナーレンは回復魔法を止めて、手を引っ込める。膝のアザはすっかり消え去っていた。

 村長はまず座ったまま、慎重に膝を曲げ伸ばした。痛みがないのを確認してから立ちあがり、まず右膝を持ちあげ、次に右足を軸にして左足を持ち上げる。


「うむ、痛くない。あと二、三日は痛むと思っておったが」


 村長は笑顔をナーレンに向ける。


「こりゃ助かったわい。酒の一杯でもおごらせてくれ、と言いたいが……御法度かな?」


 ナーレンはレヴィロス教の僧服に身を固めている。

 黒い詰め襟の上衣に、黒ズボン。黒いつば広の山高帽をかぶり、胸元にはレヴィロス十字――二つの三日月を背中合わせにくっつけ、右四十五度に傾けた形状――のネックレスを下げている。一目でクレリックと分かる出で立ちだ。

 ナーレンはにやりと笑う。


「俺は、禁酒の誓いは立ててませんでね」

「そいつは良かった。我が村のワインは自慢の逸品でな。ちょいと待っとくれ」


 誇らしげに語りながら、村長は宿屋の中に入っていく。

 ナーレンは椅子に座り直そうとして身を起こし、近づいてくる二人連れに気付く。


「お、フェリクス、オボロ。戻ってきたか」


 二人が魔獣退治の依頼を受け、デミシャム村に到着したのは、太陽が西に傾きはじめた頃。慎重を期すため、討伐行は翌日ということにしたが、しかしフェリクスはじっとしていられず、一人で――正確には、オボロと二人で――偵察に出かけたのだった。


「ちょっと聞きたいことがある。こっちに黒いコートを着た男が来てなかったか?」

「多分見てない、何の話だ?」

「なら良かった。実は……」


 フェリクスは、村の外でつい先程、刺客に襲われたことを説明する。

 ナーレンは眉をひそめる。


「またか。これで三度目か? そいつ、どうした?」

「この辺で陸に上がったんじゃなければ、もっと下に流されていったんだろう。運が良ければ生きてるんじゃねえの」


 フェリクスは自分が来た道を指さす。

 村の西側には全長三メートルほど、欄干のない木の橋が架かっている。その下を南に流れる急流が、そのまま村の西側の境界線になっていた。


「そりゃ残念。気付いてたら、大の男が川を流れていく姿を眺めることができたのか」

「笑い事じゃねえっての。どこのどちら様だか知らねえが、こんな田舎にまで追いかけて来て、俺の剣を奪いにかかるとか……執念深いにもほどがあるだろ。しかも、三度とも別々の野郎だぞ。なんらかの集団が俺を狙ってるとしか思えねえ」

「だろうね。君が不特定多数から恨みを買っているので無い限り」


 オボロが楽しそうに指摘する。

 フェリクスはオボロを睨む。


「バカ言うなよ。俺ほど真面目で実直で品行方正な冒険者はいねえよ。ギルドに十全の忠誠を誓い、依頼人からの仕事は百パーセント満足できる成果を出す。万人から感謝されこそすれ、恨みを買う覚えは全くねえ」

「そうかね。おまえ、依頼人をぶん殴ったことあったよな」


 ナーレンが指摘する。


「あれは、実際に行ってみたら仕事が倍以上で、しかも仕事終わらせた後に向こうが依頼料値切りだしたからじゃねえか。金持ちのくせにケチケチしやがるのが悪い」

「ギルドメンバーとの喧嘩も一度や二度じゃ済まないような……」

「ギルドへの裏切り行為を平気でやるような奴等は、仲間じゃねえんだよ」

「結局、不特定多数から恨みを買っているんじゃないか」


 オボロに言われて、フェリクスは「うるせえ!」と言い返す。


「だったらおまえには心当たりあるのかよ。この剣を欲しがっている連中に」

「断定はできない。襲撃者三人とも、僕は知らないね」


 オボロは首をひねる。


「ただ普通に考えたら、ドゥーネン王国のエージェントじゃないのかな。本来、僕はドゥーネンで保管されているべきなんだから」

「ドゥーネンか。オボロが本物の聖剣なら、たしかにそうだろうな」


 ナーレンは認める。ドゥーネンは北大陸の一地方で、かつ北大陸の大方を支配するヴェルデニア帝国の領邦の一つである。


「オボロブランドはドゥーネン王国の開祖、勇者レヴィロスの愛剣だ。不正な手段で聖剣を欲しがる連中もいるだろうし、盗み出される可能性がないとは言い切れないが……」

「それにしたって、伝説の聖剣が武器屋の店頭でひっそりと売られてるのはおかしいだろ!」


 フェリクスがこの剣を手に入れたのは、つい一ヶ月ほど前のことだ。

 トロッサの街には、武器屋防具屋などがずらりと並ぶ有名な通りがある。フェリクスはそこに軒を連ねる大きな店にふらりと入り、この剣と出会った。

 店の一隅には、聖剣オボロブランドのレプリカが十本ほど並べられていた。店員に聞くと、北大陸の刀剣の名産地メッセンブルフの職人が手がけた輸入品であるという。

 その内の一本を手に取り、刀身をじっくりと眺めてみて、フェリクスはその輝きに見惚れた。そろそろ得物を買い換えたい、と以前から考えていたこともあり、その場で購入したのである。


「なんであんなところにいたのか、教えてくれよ、聖剣サマ」


 フェリクスに問われて、オボロは額に指を当て、悩む。


「それが分かったら、苦労はないんだよねえ。僕の意識は、誰かに握られることではじめて目覚める。売り場にいる間はもちろん、それ以前の記憶も無いよ」

「本当かよ」

「僕は勇者に握られるたびに目覚めて、勇者が務めを終え、剣を手放した時に眠りにつく。そしてほとんどの時間を、ドゥーネンの保管庫で眠り続けて過ごす。その間のことなんて、分かるわけないだろ。むしろ、僕が知りたいくらいだ。こんな形で目覚めるのは、今回が初めてなんだよね」

「……そうかい」


 オボロが初めて「出現」した時のことを、フェリクスは思い出す。

 剣を購入してから三日後の朝、宿屋のベッドでフェリクスが目覚めると、枕元にオボロが立っていた。

 あまりにも異様な事態が発生すると、人は声を張り上げるより、思わず黙り込んでしまうもので、フェリクスは長いことアホみたいにオボロを見つめ続けていたものである。

 オボロの側も、かなり当惑していた。お互い混乱して言いたいことを言うばかりで、ナーレンが割り込んでくれなかったら、カオスはさらに長いこと続いていたに違いない。

 ナーレンの仲介の下、情報交換をして、一定レベルの相互理解には至った。オボロの正体は剣に宿る意志だ、というにわかには信じがたい事実も、どうにか飲み込んだ。だが、「武器屋に売られていた剣が、実はかの聖剣オボロブランドだった」という主張だけはどうしても理解できず、いまだに受け入れられずにいる。

 しかし、ここ半月で三度襲撃されたという事実が、オボロの主張に真実の重みを与えつつあった。


「伝え聞く話によれば、聖剣には意志が宿り、勇者を守る守護霊として姿を現すという。その容姿は天使のごとく美しいとか」


 ナーレンの言葉を受け、オボロは誇らしげに胸を張る。


「素晴らしい言い伝えだ。君もそう思うだろ、フェリクス」

「美しいのは認める。だがどこが天使だよ。どこからどう見てもサキュバスじゃねえか。伝説の聖剣からサキュバスが生えてくるってどうなってんだよ」

「僕は今まで、地上に魔界樹の危機が迫るたび、異なる勇者に握られてきた。そのたびに姿を変えているのさ。一度たりと、同じ姿を取ったことはないね。最近は、誰もが目を見張る美少女になることがテーマでね」


 事実、フェリクスの目から見ても、オボロは非の打ち所のない美少女だった。が、それを口にするのは、なにやら負けを認めるような気がしてならなかった。


「この剣が、本来は誰かの元にあるべき貴重品らしい、ってところまでは認めてもいい。さもなきゃ、刺客を送り込んでまで取り戻そうとするはずがない」

「そうだろそうだろ。だったら聖剣だってところまで認めたまえよ」

「いいや、まだ大きな壁がある。なんといっても、あの聖剣だぞ?」

「やれやれ。僕のあまりに高すぎる名声が、事実の受け入れを阻む障害になるとはね。僕も罪作りな女だ」

「女ねえ……」


 村長がワイングラスを両手に一本ずつ持って、宿屋の軒先に戻ってきた。フェリクスの姿に気付き、笑みを浮かべる。


「お、あんたも戻って来なすったか。ほれ、我が村自慢のワインをどうぞ」

「あれ。いいんですか?」

「依頼料の埋め合わせじゃよ。うちが出した依頼料は相場以下じゃろうに、それでもあんた方は魔獣狩りと魔界樹伐採を引き受けてくれたんじゃから。本当に感謝しておるよ」


 村長の言葉には実感がこもっている。

 デミシャム村は小さく、簡素な民家や納屋が軒を連ねている。「寒村」という単語を想起せずにはいられない風景だ。


「でしたら、感謝していただきますよ」


 フェリクスはグラスを傾け、ワインを味わった。ナーレンもグラスを受け取り、口をつける。

 そんな様子を見守りながら、村長は語る。


「村の北側にブドウ畑があるじゃろ。その更に北側に、魔界樹が生えおってなあ。このままではブドウ畑を魔獣どもに食い荒らされてしまう。まともに作業もできんよ。依頼料が安いのは申し訳ないが、頼んだぞ、お二人とも」

「任せてくださいよ。魔界樹も魔物どもも、きれいさっぱり片付けてやりますって」


 フェリクスは請け負った。たとえ依頼料が安くとも、仕事に手を抜くつもりはなかった。

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