禍中の栗
「待った、ファイ。あれは本当に魔王軍がやったやつなのか?」
「だってこのやり口、見ればわかりますもん。いっつも同じ方法で魔王後継者を連れて行っているんですもん」
後輩は上司がいなくなったことで酷いことになるであろう会社に付き合わされなきゃいけないらしい。可哀想なものだ。
「ご主人様?なんで泣いてるんです?悲しいことでもあったんですか?」
「悲しすぎるに決まってるだろ!だってあの優しい上司が魔王の後継者にならなきゃいけないんだぞ?お前だったらそんな許せないような世界に行きたいと思うか?」
「うーん、そんなに行きたくはないですけど、でもそれが"運命"なんだとしたらそこに抗う理由なんてないですよね、ご主人様」
運命、か。中学の頃に数少ない友達とそんな言葉を紡ぎながらふざけ合ってたものだ。アイツらはいま元気にしてるのだろうか。
「ご主人様は"運命"というものを信じますか?私はここでこうやって語り合っていること自体が"運命"だと思いますけどね」
「"運命"っていうのは、例えば俺が昨日死んだのはこの世界が始まった時から既に定められていて、誰にも変えることのできないこの世の根幹、みたいなものでもあり、それと同時に割と簡単に変えることができたりするんじゃねえか?」
「といいますと?」
「いわゆるパラレルワールドっていうのはその"運命"を変えた結果生じた不可逆的なもので、"運命"は一通りだけしかない訳ではないんじゃないかってことだ」
「なら、ご主人様の前には二つの"運命"が存在しますね」
「どういうことだ?ピンと来ないが」
「ご主人様はこのまま高尾山から転落した少女を庇って亡くなって魂もこのまま消えるか、私たちのいる世界に来て争いを止めるか。どっちを選択しますか?」
「前者を選んだ場合ファイはどうするんだ?」
「元いた世界に戻るだけですよ。まるで何事もなかったかのように」
どうやらハジメにはこのまま消滅するか、新しい命を獲得して仲裁者になるかの二択を迫られているようだ。このまま消滅するんだとしたら心残りが多すぎる。少なくとももうFPSゲームができなくなるってわけだ。それに異世界という心が惹かれるものを目の前にして諦めることなんてこの俺ができるはずなどない。
「生きていられるってだけでありがたいことだもんな。行くに決まってるだろ」
「それ建前ですよね、ご主人様」
「バレてたか」
「だってご主人様、厨二病だったんですもんね」
なんで知り合って間もない女に黒歴史を知られているんだ。ふざけるのも大概にしてほしい。
「ところでファイ。異世界にはどうやって行くんだ?」
「え、玄関の扉を開ければ私たちの世界に繋がってますよ?」
「え?」
あまりにも初耳すぎる。あのノーベル賞を取った人の小説ですらトンネルを抜けて雪国に行っているというのに、俺は自宅の玄関の扉一枚を隔てただけの全然違う二つの世界を超えようとしているのか?などと呑気なことを考える。
まあ細かいことを気にするべきではない。状況が状況だ。元々の問題がデカすぎる。魔法を使うことが大前提のような世界の争いの仲裁役は荷が重いが、もう選択してしまったことだ。仕方ない。
「大丈夫ですか?ご主人様」
「ああ、この扉を開けたら本当にお前たちの世界に繋がっているんだな?」
「もちろんですよ!この私が言うんですから」
「俺のことを訳のわからない事故に巻き込んでおきながらそんなことが言えるか?」
「うっ…その言葉は殺傷能力高過ぎません?でもそんなこと言っておきながらご主人様も思いっきり乗り気でしたよね」
「ま、まあ、そんなことは気にするな」
十年くらい前に夢見ていた魔法を使うことのできる世界で、本当の意味でのセカンドライフを送ることになろうとは思っても見なかったが、これで本当に都会の喧騒から離れることができると考えるとせいせいする。
「あ、国王に連絡しなきゃ」
ファイが取り出したのはまさかのガラケーだった。
「ご主人様、気になるんですか、これ」
「いや、だってそれこの世界のものだろ?」
「私たちの国、割とすごい技術者がいて、スマホとガラケーを持っていっただけで通信環境を完璧に整備したんですよ?すごくないですか?」
「こっちの世界にそんな奴がいたら良かったんだけどな。少なくともそっちの世界での暮らしはある程度は楽そうだな」
「そうなんですよ、そのおかげでダンジョン攻略の効率が跳ね上がったりしてるんですよ」
「ところでなんでスマホを使わないんだ?」
「だって扱いにくいじゃないですか」
そこら辺の老人と一緒じゃないか、と言いかけたのを咄嗟で我慢できた俺は偉い。
「さあご主人様、忘れ物とかないですね?」
「ないと思うが、なんでそんな確認をするんだ?」
「それはその、そう!万全の状態で行かないと何が起こるかわからないじゃないですか!」
顔に危なかったって書かれているようなものだ。こんな奴の言うとおりにして本当に大丈夫なのだろうか。まあ今頼ることのできる人物といったらこいつしかいないが。
「なあ、ファイ。そろそろ行ってもいいんじゃないか」
「あわわわわ、準備は大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だ。そんなに慌てているような奴が準備万端だとは到底思えないんだけどな」
「私は準備するも何もないじゃないですか」
「それもそうだな。よし、行くぞ」
「ちょっと〜、案内役はこの私なんですよ〜、私より先に行かないでくださいよ」
「それはノロノロと歩くお前の方が悪いだろ」
「うぅ、この恨み絶対晴らすんですからね」
「ああ、覚えとくって」
いつもみたいに靴を履いて。いつもみたいに身なりを整えて。いつもみたいに鍵を開けて。いつもみたいにドアノブに手をかける。
「いってきます」
いつも通り返事はない。
いつもみたいに出かける、非日常の世界。不思議な感覚だ。
初めての方は初めまして。初めてじゃない方はこんにちは。捨身祓です。
コミケに行きたかったのに所持金三桁で諦めた愚か者です。
呪文の詠唱に憧れていて、今度誰もいない空間で全力でそれっぽいのを詠唱したいですね。
本当にどうでもいい話ですが、エピローグは草案の段階では二千文字くらいで終わる予定だったんですが、いつの間にか五千文字超えてて、まずいなってなってます。ちなみにエピローグはあと二回くらい続きそうなんですね。←???
ちなみに今二十一時五十九分で不味すぎるんですよね。
来週も投稿する(予定な)ので、読んでいただけると幸いです。
二〇二三年八月十三日




