第89話 北方の地、ギョール
グンルは気が付くと雪の上に倒れていた。肉体は動かず、眼前に一人の人物がいた。
「ここが、お前の目指していた場所だ」相手が近づいて来て、そう言った。「お前と私は繋がっている。お前が世界中のあちこちに飛んで行っても、最後にはここに来ることが確実だった。私が、お前を呼んでいたんだ」
淡々と述べる人物をグンルは見た。相手はドヴェルの女性で、両手に二振りの剣を持っている。片方は、ぼろぼろに破損した古い剣で、もう片方は自分が良く知っているアンデッド殺しの剣〈墓荒らしのケペシュ〉だった。
「まだ思い出せないのか? 私はグンル。そして、お前は私の魂魄の断片を喰った魔物だ」
相手は――グンルと名乗る人物は淡々と話す。そして、それによって過去の記憶が喚起される。
グンルはバカン王国を脱出後、竜狩りとなった。とある迷宮で、過去の時代に生きた人物の記憶が宿った――あるいは、その人物の生まれ変わりだという事実に気づいた。
彼女はそれから、ずいぶんと多くの竜を殺してきた。あるとき、迷宮で一匹の強大な竜を追い詰めた。そいつは、魂魄を喰らう、黒い鱗の邪竜だった。
グンルはそいつを殺すことには成功したが、アクルガルが言っていたように、土壇場で相手が不死となるという事態が発生した。死に際に残した恐怖と憎悪は、竜を悪霊となし、グンルはその呪いを受けることとなった。
魂魄の一部を奪われたグンルは、そいつが世界中を逃げ回っているのを感じた。敗北して逃げ延びたのではなく、神より与えられた定めによって放浪しているのだと考えながら。
邪竜は、喰らった魂魄の影響で、自分をグンルだと思うようになっていたが、そいつは安全になったのではなく、むしろ逆だった。無害な流れ者としてさまよう幻影を見ながらも、竜は破壊をやめなかった。
最初にカーヴドソードが、狂った竜の吐息によって破壊された。まさに今、竜はその際の記憶を思い出していた。城壁に立つ兵士たちが、降下する怪物を見上げている。そのうちの一人が叫んだ――そいつの顔には見覚えがあった、ぼさぼさした黒髪の青年だ。
「アンダース隊長、奴が来ます! 構えろ、アーロン、魔術をくらわせてやれ――」
しかし彼らは一瞬後に、強烈な輝きに飲み込まれ、消滅した。
狂った竜は破壊を尽くした後、別の地に現れ、再び暴れまわった。自分は旅人グンルであるという幻を見ながら、犠牲者を増やし続けた。
小間使いの少女やヴェントから来た黒騎士、ロック鳥に乗った傭兵、盗賊、密輸人、騎士、不死者、多くの人々が吐息によって消し去られた。竜は彼らの魂魄をも喰らい、己の一部と成した。




