第88話 屍人殺しアクルガル
グンルは待合室を出た。穏やかな表情で、こちらを安心させる雰囲気の人物が彼女を連れだしてくれた。部屋の外は、海が見える廊下だった。壁は大部分が崩れており、潮風が吹き込んできている。
「どうもグンル、僕はアクルガルという」相手が笑顔を浮かべて振り返った。「僕はアンデッドとか不死者相手の殺し屋をやってるんだけど仕事ない?」
グンルは、今の所必要ない、と答えた。
「そうか。何かあったら連絡してくれ。僕の命装は君の〈墓荒らしのケペシュ〉と似たような性質を持っているが、より強力で、近くにいるだけで相手の不死性を破壊するんでね。色々と需要がある力だ」
海にはこの廊下と同じく崩れかけた建物の残骸が点在している。迷宮化した廃墟のようだ。
「一般的な殺し屋っていうのは」アクルガルが歩きながら言った。「一度殺したらそこで仕事は終了ってわけで、たとえ相手がアンデッドとなって蘇ったり、実は不死で死んでなかったりって事態でも『完遂しましたよ』って扱いでいいってことになっている。それじゃ困る、それも含めてちゃんと始末して、って場合は、最初から専門家に倍以上の金を払っておく必要があるわけ」
相手が不死だという確率はどのくらいなのだろうか。
「そこまで高いってわけじゃないから、多くの場合は定命料金で安く済ませようってことになる。だけど人殺しを依頼するってのは、今の時代じゃ一世一代の大事業だから、ちょっとの金を惜しんではいけないと僕は思っているけどね。で、誰か殺して欲しい不死者とかアンデッドはいない?」
グンルはいないと答える。
「そうか、なるほど。グンルは僕の実力を信じていないんだね、だけど実際に見ていないからそれも当然か。なら、〈銀の黎明〉の七人衆をすべて抹消すれば、僕の実力を信じてくれるだろうか」
確かに銀の黎明の最高幹部たる七名を抹消することは、アクルガルの腕を証明することにはなるが、それを踏まえてもグンルは別に、倒したい相手がいない。だが、彼にそう言うのが面倒だったので、グンルはただ頷き、アクルガルは建物の割れた部分から飛び降りて海を泳いで行った。
それからしばらくしてグンルは、またモーンガルドにいた。王都リニィのどこかの安酒場で、赤ドロを飲みながら、迷宮芋と人造肉からなるシチューを食べていた。
「よう、グンルよ」顔なじみの迷宮守りが話しかけてくる。一度も話したことはないが顔なじみってことになっている相手が。そういう輩が、鮮やかなオレンジ色の鳥の群れと同じくらいにそこらじゅうを行きかっているので、グンルは今、話し相手には困らない。ひどくどうでもよい話をもちかけたり、金を無心してきたりといったデメリットはあるものの――
「アクルガルの野郎が〈銀の黎明〉の七人衆を抹消したって話を聞いたか? これでお前へのアピールが済んだとばかりに、こちらに向かってきているんだぜ。こいつは、厄介事の始まりだ。もとはといえばお前が適当なことを言ったからだ。だが、おれならあいつを説得することができるだろう」
別に、しなくてもいいとグンルは答えた。彼の話より、食事の方が重要だったからだ。
「そうか、おれの実力を信じていないんだな。確かに、これまでおれの説得術を用いるチャンスはなかったからな。なら〈赫奕たる使者〉の統率五名をすべておれが説得して明日の朝いちばんで首から上だけを出して砂浜に自分を埋めさせてやるぜ」
そういって彼は出て行った。とはいえ、アクルガルはアピールすべきものが殺傷能力であり、それをまさかグンルに向けるわけにはいかないので〈銀の黎明〉の七人衆という第三者を狙う必要があった。だが、あの顔見知りは、まずグンルに大して説得力を発揮するべきではなかったか。しかし既に彼はいないので、グンルは食事を続ける。食べているうちに、世界そのものを食しているのだという気になって来た。世界は塩辛く、前に何処かで食べた干し肉に似ていた。
食事を終えるころに、それが北方の地で、獲物を追って雪原を歩んでいる時のことだと思い出した。そこではすべてが白く染まっていた。




