第86話 待合室
その一室の窓には板が打ち付けられており、隙間から入る陽光でわずかに室内は照らされている。分かっているのは、ここが〈待合室〉ということだけだ。他にも何かを待っている人がいて、グンルは会話をして時間を潰すことにした。
すでに人々のうちどれがフュルギアの座員で、どれが赤の他人なのか分からなかった。加入と脱退が知らぬ間に頻発しているようで、ドルシネアに座員名簿を見せてもらったが、マイヨルガの仕業か黒く塗りつぶされた部分や、食べ物の染み、現在進行形で燃えているページなどがあり、読むことは困難だった。
輜重兵スワロウテイルが床に空いた穴から食事を差し入れてくれたが、彼女の調子が悪いときは食べ物が腐っていたり蟲が湧いたりしており、さらに具合が悪化すると、彼女本人も腐って悪臭を放ち、蠅の羽音が穴から聞こえてくるだけになった。とはいえ、グンルは今や食事をしなくても生きていけるし、この部屋にいる人たちも、どこから持ってきたのか何かを食べていることも多く、問題はなさそうだった。
入室したばかりの頃に出会った老エルフは、〈嘘の神ロモ〉というローギルの眷属の、マルゴルの叔父でハルミナの兄だとかいうマイナー・ゴッドに対して祈りを捧げていた。そんな神は大都市の万神殿でも見たことがなかったので、それ自体が彼のついた嘘ではないかとグンルは考えた。
彼は、ここはとある病院の待合室で、ここを出た後、適切な形態になれるよう治療が行われるのだと言っていた。どうやら迷宮病を治してもらえるのだと信じているようだが、そんなことがあるとは思えなかった。グンルが知る限り、迷宮病を消せるのはフォグブレイクでパン屋の店主が連れて行かれた〈アウル監獄迷宮〉くらいのものだ。その迷宮の実態は異世界への門であり、迷宮病も呪いも魔術もない場所だという。異世界にまで隔離しなければ迷宮病を魂魄から切り離すことはできないのだ。
老エルフは、全然呼ばれないのでこちらから診察室へ行ってあとどのくらいかかるか聞いてくる、と言って姿を消した。
部屋の中には行商人も何人かいた。オレンジ売りや冷や水売り、海水売り、魚売りなどが無理のあるサイズの籠を担いでやって来る。彼らは気づいたら部屋の中にいるので、どこから入って来たのかは分からない。
時折魔物さえも出現した。彼らはあまりこちらを積極的に攻撃しようとはしなかったが、一度、狂暴な群れグリフィンが現れ、待っている人々を惨殺した。ヤズデギルドと二十人の帝国兵が現れて迎撃しようとしたが、返り討ちに合った。群れグリフィンは群れで一個の個体であり、全てを同時に殺さなければなかなか死なない。
だが、しばらくすると大人しくなった。
「どうやら召喚体となったようだな」とヤズデギルドが言った。
つまり、あなたは帝国兵たちのみならず、群れグリフィンも呼び出せるようになったのか、とグンルは尋ねた。
「いや、違う。この群れグリフィンがオレ並びに帝国兵を召喚する能力を身に付けた。オレの今後の出番は奴らに委ねられているってわけだな」




