第85話 多汁英雄譚
しばらくぶりに回復したグンルの所にロガトルがやって来た。ずいぶんと機嫌がよさそうだ。グンルが寝込んでいる間、例の貴族令嬢に関する冒険があったという。
やはり彼女が襲われた件は仕組まれたものだった。悪魔崇拝者がなにやら生け贄を求めており、その条件に合致するのが貴族令嬢だったらしい。ロガトルと仲間たちはそのアジトを突き止めたものの、時すでに遅く悪魔がタルの地下に降臨しかけ、街じゅうに魔物が解き放たれたそうだ。だが、必死の戦いによりこれを倒し、ロガトルは街の英雄として一躍時の人となった、らしい。
一見めでたい英雄譚だが、悪魔召喚に関する部分を抜きにしても「汁」とか「肉塊」「臓物」「摘出」「寄生」などの単語が頻出した。ヒューリズ人にとっては、外部の者がグロテスクに思う手法が当たり前のように、装備を入れ替えたり髪を切ったりするのと同じような感覚で用いられているのだ。例えば新たな魔術や剣技などを覚えるために、額の器官から器具や指や寄生生物を差し込むなどして脳髄に物理的にアクセスしたり、新たな装備品を身に付けるように人造臓器や魔物を体内に追加したり、借金のカタに肉体の一部を置いて行ったり、非常食として内臓を増殖させそれを口に運んだり、従魔と文字通り一心同体になってペット持ち込み不可のレストランに入る時は再分離したり、といった具合だ。
酒場で食事時に吟遊詩人が奏でるには向かない話を聞き終え、どうやらこれでこの地での物語は終わったのではないかとグンルは推察した。ここは余所者にはいささかきつい場所だ。隔絶されているだけのことはある。
グンルは立ち去ることにした。彼女がそうしなくても、勝手に周囲の方がグンルを放浪させようと変容する頃合いだ。人々に取り囲まれるロガトルは声援とともに、謎の緑色の汁を浴びせられている。あれは偉大な人物を祝福する際に用いる聖なる液で、攻撃されているわけではないらしい。そのままグンルはタルの街を後にした。
「マイヨルガなんかじゃなく奴にオレの仮面をくれてやればよかった」ヤズデギルドの声がした。「ヒューリズ人は目が三つあるからな」
あれは厳密にいえば目ではないが、そうするのは自然なことのように思えた。だが、それでは〈三つ目のヤズデギルド〉ではなくなってしまうが、それでいいのだろうか。
「別にそれは構わないし、三つ目の仮面を奪われてもオレは〈三つ目のヤズデギルド〉のままだったし、譲渡してもそのままだろ。お前がずっと流れ者で、ドリフターズレックを出ても〈アメリア・シルキー〉のままってのと同じく」




