第6話 発現
バリンジャーと別れ、迷宮公社に戻ったグンルは獲得物を売却した。本来は自分で痛んでいるものは手入れをし、毒が混じっているなら浄化して、然るべき場所に仕分けして売ることで色を付けてもらえるが、大抵の迷宮守りは面倒なので纏めて公社で売り払っている。この日は二、三日分の宿泊費を稼ぐことができた。多少なり危険のある迷宮とはいえ、二束三文の報酬に変わりはないようだ。だが、バリンジャーにほとんど任せきりで、自分は何もしていなかったようなものだ。労せずして稼げた幸運な日と考えよう。
宿への帰り道、路上で魔物を解体している一団がいた。緑色の、羽毛に覆われたワニのような生き物で、柑橘系の果物のような香りがした。解体屋は内臓を、旧帝国の神官のように厳かに壺に仕舞っていた。カーヴドソードには露天商が多く、大道芸人も多かった。剣舞をする旅の一座や、英雄譚を歌い上げる詩人などの前を通り、グンルは宿に戻ってきた。
自分の部屋に入ろうとしたところで、妙な人物が立ちはだかった。人間の青年で、ぼさぼさとした黒髪の持ち主だ。
「よお、あんた、あんたに伝えなければいけない重要な点があるんだ。大いなる使命についてだ……詳しくは迷宮で話す。じゃあな」
それだけ言うと、彼は出て行った。相変わらず腕組みをしてこちらをじろじろ見ていたベンシックの亭主に、今の人物はここの宿泊客か、と尋ねる。だが、彼は何のことか分からないといった様子で、泊っている客は今現在グンルだけだと言った。
あれは幻覚だったのだろうか? 迷宮病の症状としては比較的ありふれたものだ。もしくは、幽霊に取り憑かれたのかも知れない。
迷宮守り、あるいは迷宮都市で暮らす誰もが、迷宮病罹患者となる可能性から逃れられない。頭痛や幻聴・幻覚、性格の変化、肉体の変異、吸血鬼・リッチ等への不死化、魔術や戦技の獲得・無制限使用、突然死・消滅、その諸症状は枚挙に暇がない。運が良ければ魂魄の武具〈命装〉として発現・制御が可能となるが、大抵は足枷となることのほうが多い。
これまでこの疾病と無縁でいられたグンルだが、ここに来て怪しくなってきた。宿の亭主のほうが罹患者で、あの黒髪の青年が見えていなかったという可能性もあるが。もしかするとバリンジャーも幻覚なのだろうか? 疑い始めればきりがない。いずれにしても次に迷宮に入った時にはっきりするだろう。




