第65話 お使い
きらきらとした何かが、地下鉄駅の地面に落ちていた。バカン中央銀行を運営するブラニア教会が鋳造している、葬送用銀貨だ。描かれた横顔は、初代最高司祭――〈頭取〉と呼ばれることの方が多い役職だが――クロイソス一世のものだ。死者の瞼に乗せるためだけの代物で、遺族はそれを葬儀屋や僧侶への賄賂のために使う。グンルはこの落とし物を拾うことをしなかった。バカン王国は貪婪な商人たちの国と見られているが、額の大小を問わず、落ちているコインを誰も拾わない。それは女神ブラニアの〈試し〉であると誰もが考えているからだ。そして誰も見ぬ間に、それを拾う資格を有する誰か、あるいは何かによって密かに回収される。
「さて、ここは一体どこだ? 〈聖カルラ通り〉駅だと? バカンであるのは間違いないだろうが、どこの都市にもそういう名前の駅はあるだろう。どうにかあんたを導かなくてはな……使命を全うするさ、〈美声帝〉や〈灰の勇者〉のようにはいかないが」どちらの英雄の名もこの案内人と同じだ。
「シヴ=イルヴァか、ブランハイムか? 手っ取り早く、そこいらの通行人に尋ねるべきだろうな」
駅構内の、薄汚れた床に腰掛けている浮浪者らしき人物にグンルは近づいた。そして、彼が戦士であることを知る。武器を持ってすらいないが、目付きが、倒すべき何かを探している者のそれだ。
ここがどこか、と聞くと、この人物はまるっきり無視し「仕事を頼まれちゃくれねぇか」と言った。
「ああ、いいぜ、親爺さん、どんな仕事だい」ヤズデギルドが聞き返す。
「この先に売店があっからよ、エールと、ホットドッグを買って来てくれ、朝飯だ、このわしの」
彼はいくつかの、ビー玉ほどのサイズの魔石を渡した。
「現金じゃないのかよ、これで買えってか、親爺さん?」
「カネ、持ってんだろ、手前ら! 釣りはとっとけ……さあ、早いとこ、行くんだ! わしは腹が減ってしかたねぇ!」
「分かった分かった、行こうぜ、アメリア」
実際の所、魔石が通貨の代わりになる地方も未だ存在しているが、このような都市部ではあまり聞かない話だ。ヤズデギルドは、あの親爺さんにここがどこか聞きそびれたが、そいつは重要じゃないかも知れない、と言った。
「ここはドリフターズレックの記憶だ。その都市ができた経緯、アメリア・シルキーが何かをして設立させた過程だ。〈忘却の亜神〉が異なる記憶に接続させたせいで、よく分からない場所に転移したようになっているが、恐らくアメリアがドリフターズレックを成立させれば脱出できるはずだ。このままここで放浪を続けるってのも手だけどな」
どうすればそのようなことができるのだろうか?
「さあな、これから行く売店で売ってるのかもな。確かなのは、お前がアメリア・シルキーになっているってことと、彼女が迷宮都市を成立させたっていう事実が存在するってことだ」




