第56話 傑士フィアス
カルネアデスにスリをさせるまでもなかった。グンルは誰か分からない幻影を、オークの強力な戦士に変化させた。試しに伝承の巨人とか竜に変えようとしたが、それは叶わなかった。何らかの制限があるのか、グンルの想像力がものを言うのかは不明だが、しかしこの戦士もまた、そこらの魔獣なら何百匹でも吹き飛ばしてしまえそうだった。
グンルが単純に〈フィアス〉と名付けたこの傑士が姿を現すと、聖域の守り手だったオークは地図を差し出し、貴公なら必ずやこの迷宮を踏破できるだろうと断言した。オークたちは自分が強者と認めた者には極めて寛大だ。
役割を果たすとフィアスはすぐに消えてしまった。他の座員たちのように実在のモデルがいないからだろうか。いや、そもそも、座員たちのもととなった人々も、実在するのだろうか。
森の中を歩きながら、グンルはある決定的な事実に気づいた。
「そうだ、あなたはそれを既に知っていたはずだ」アーロンらしき影が、これまでの彼のものは異なるしわがれた声で言った。「我々は、人格を持ってはいない。全て、あなたが考えたことを、以前出会った人たちの声と姿に当てはめて喋らせているだけなんだ。だから、オレたちがあなたを攻撃することもないし、あなたが忘れた自らの記憶は知らない、だが、これだけは言える」
そう何者かの幻影が言う。
「北の地へ行けば、あなたは何か望ましからぬ事実と直面することになる。だが、既に決めているのだ――あなたは流れ者として、そちらへ進むことを。それがあなたの、我らの〈最果てへの途路〉だからな」
チラついていた座員たちの姿は消えた。グンルは一人、歩いていく。
カリナで目撃した灰色の影は、北へ向かえと言った。そちらに欠落した記憶の手がかりがあるはずだ、だがそれは望ましくないものだと座員は言う。あるいは、放浪の終わりを意味するのかも知れない。同行者たちから感じた不穏な気配は、何か忌まわしい記憶を示唆している。
〈座長〉はとにかく旅を続けさせたがっているようだ。その実態をグンルは知らない。他の幻影たちと同じく、実在する誰かから写し取ったものなのだろうか? 今の所は時折囁くだけで、こちらに直接的に干渉する傾向にはない。
この二つの助言者も、グンル自身の声に過ぎないのではないだろうか。自らが無意識に想起したプランを代言しているだけかもしれない。
地図に従い、聖域に到達した。そこには何もない、草木が一切なく、乾いた土の窪地があるだけだ。グンルは坂を下りていく。自分の影だけが見える。それは、不自然なほど巨大だった。日没時に長く伸びるように、だが明らかにその形状はドヴェルのそれではなく、どうやら翼が生えているようだ。




