第55話 聖域
木陰に見覚えのあるものが見えた。松明を掲げるミノタウロスの像だ。まさかと思って近づくと、モーンガルドの下町にありそうな酒場風の建物があった。酔っ払いの喧騒やこれから行く探索について話す迷宮守りの声などが聞こえてくる。まさしく迷宮公社だ。中に入ると、十数名の荒くれがたむろしている。もはや、ここが誰かの見ている幻覚だろうと別に構わないのではないかと思えた。
「おい、あんた、アスフォデルだろう? あんたを知っているぜ」一人の親爺が近づいて来た。「買い取って欲しいもんがあるんだ。分かるだろ?」
「盗品ってことだな?」アスフォデルが声を潜めることもせずに言う。
「そうだ、余所者の奴を迷宮でボコって奪った魔法具だ。〈引きはがし〉をするくらいならそのまんま売るぜ」
大抵の魔法具は迷宮で見つかった時に、最初に触れた相手を使用者と認め、それ以外の人物には使えない。これを変更する手は色々あるが、最も簡単なのは〈引きはがし屋〉という違法でやってくれる魔術師に頼むことで、おおむね盗賊ギルドに斡旋してもらう形になる。引きはがしをせずに売ればもちろん値は下がるが、面倒なのでそのまま売るという迷宮守りは多い。アスフォデルは魔手でその、短剣の形をした武具を掴み、現金を相手に渡した。
「ありがとよ、ここであんたに会えたのは運が良かったな。じゃあ礼としてあんたらが探している相手の情報を教えてやろうか?」
「具体的には誰のことだ?」
「決まってるだろう、この森を幻視している奴のことだ。ここから出たいんだろう? で、そいつについて話す前に、あんたらはオークの女に会ったか?」
グンルが頷く。
「簡単に言うと、彼女が守っている迷宮〈聖域〉に入る必要がある。スリができる奴はいるか? あのオークから〈聖域〉の地図を盗み取れ。言っておくが彼女には何も言うな、下手な交渉なんぞして敵だと思われたら一巻の終わりだぞ」
スリならカルネアデスに仕事をしてもらえばいいだろう、とグンルは判断した。彼はもちろん嫌がるだろうが、させる。
「なるほど、ここがどのような迷宮なのか分かりましたよ」官吏のような雰囲気のエルフが言った。誰なのかは不明。「通常は、迷宮に合わせて連れて行く人材を選ぶものですが、ここは連れている人材に合わせて迷宮が試練を与えてくるようです。盗人がいれば盗みの試練を、料理人がいれば料理の試練、アルバン光輝網修繕人がいれば――」
グンルは、加入させた覚えのない人がこのエルフ以外にも数人追随しているのに気づいた。フュルギア一座はどこまで膨れ上がっていくのだろうか。そして彼らは完全に信用できるのだろうか。
「あのオークの戦士は文字通りの〈迷宮守り〉ってわけだな」カルネアデスか、もしくは他の誰かが言った。「最初の迷宮はある城の地下牢だった。そこを見張る牢番が最初の迷宮守りだった。そこがある日迷宮化し、一匹のゴブリンが出現した。その討伐が最初の探索だった。そいつらは今日もどこかの迷宮で戦っている、そんな伝説がある」
グンルはあることに気づいた。この同伴者が誰なのかは、自分が決めることができるのだ。指向性を持った幻影。無秩序の方向性を決定し、進むべき方角を選ぶ。それが放浪者だ。




