第50話 弱体化
流れ者グンル。放人の守護者である風神マルゴルの祝福によって、〈最果てへの途路〉を辿ることを定められたドヴェル。迷宮都市カーヴドソードにて出会ったアーロン・アンダースと姿の見えぬ〈座長〉、それを皮切りにして加わった幻影の同行者たち。
だが、どうやら自分には何らかの記憶の欠落があることに気づき、そこを埋めたいという狙いが生まれた。その手掛かりは北の地ギョールにあると、聞き覚えのある幻影の声が導いた。座員たちにとって、この欠落した記憶を探し出すことは不都合なのではないか、とグンルは考え始めている。彼らの目的は旅を続けさせることであり、どうも本来の自分を取り戻すことが、その妨げになるのではないかと思われた。座員たちから感じた不穏な気配以外には根拠のない、直感のような推測だが、今は彼らに悟られず、北の地を目指すつもりだった。
帝国で出会った、不死兵団の傭兵であり盗品商のアスフォデル。その後、彼の助言通りグンルは時空を短縮しながら旅を続けた――自分個人の主観的探索に、現実の長大な大陸を落とし込んだ――致死迷宮を辿り、その内外で何度も死んだ。だが、死んだという現実はすべて、幻だ。あるいは、そうした結果に終わった世界を破棄し、よその世界に飛び移った。グンルが見る幻影の数々、見知らぬ群衆や鳥獣の群れは、世界を意図もせずに横切り、何一つ関心を持つことなく通り抜ける。
相変わらず砂漠の砂は勝手に形を取り戦士の姿のサンドゴーレムとして立ちはだかるし、砂蟲はグンルを押し潰すし、盗賊たちは雨あられと銃弾を放つ。無害そうなネズミのような小動物が口から光線を放って来たりするし、気が付くとサソリが首筋を這い、毒針を突き刺してくる。
死には早くも慣れてきたが、それに対してアスフォデルがこんなことを言った。
「我が力が落ちているな。わたしは君が見ている幻覚だ、それゆえに既に君の思考の影響を受けている。前に言っていた通り、どうせどうにかなるだろうという君の諦念が座員を弱めているのだ。ああ、だがわたしはそれでも構わないと思っているよ、実際に前進できているわけだからな。
不死兵団にもそういう者が何人もいた、死に対し慣れすぎ、油断せずにはいられない状態に陥った者がな。しかし、確固たる使命感や闘志を抱き続けるのは誰であろうと困難なことだし、何らかの信念でもあれば傭兵なぞなりはしないだろうからな――『金が手に入ればあとはどうでもいい』というのが、『信念』には該当しないならばの話だが」
砂漠の岩陰や小規模な洞窟、巨大兵器の残骸や竜骨など、風よけになる場所を見つけるとグンルはそこで野営した。死や重症などで旅が決定的に断絶させられることは非現実へ落とし込めても、空腹や渇き、疲労や睡眠不足はどうしようもなかった。
アスフォデルは周辺の空気を浄化し適切な気温を保つ〈結界符〉を所持していた。それで砂塵を防ぎ、さらに彼が寝ずの番を務めてくれる――「ここはダグローラではなくスゥレのおわす地、備えを欠かすなかれ」――ある日、焚火が消え、グンルが眠りに落ちる直前、彼はこんなことを言った。
「聞き流してくれて構わないが、グンル、我々は以前にどこかで会ったことがあるような気がしてならない」
グンルは帝国にこれまで来たことはなかったし、アスフォデルはこの大陸を離れたことがない、会っているとは考えにくい。
「もちろんそうだろうな、ありふれたデジャヴという奴だ。だが、わたしは君に会ってから、もう一つ奇妙な感覚を覚えている。以前に死んだことがある、という感覚だ――当然、絶対死のことだ。つまり、二度と蘇れぬ、不死にとっての最期だ。これも君や他の座員の幻覚と同じく、旅が与える惑いに過ぎないのだろうが、どうも、何かを忘却している気がするな」
それ以上彼は何かを話すことなく、ただ風が吹きすさぶ音がするのみで、グンルは程なく眠りに落ちた。




