第37話 密輸衝動
気が付くとルネッタは薄暗い一室にいた。目の前にはグンルと、正装を纏ったベンシックがいる。天井は異様に高く、発光するクラゲが空中を泳いでいる。
「なんだ、これは? 妙な光景だ、夢か幻でも見ているのだろうか」
そういった言葉が出てくるのはソラーリオ出身者ならではか、とグンルは思った。最も迷宮災害が少ない国として知られ、迷宮病も発生しづらく、しても軽微で済む。もちろん人狼となったルネッタのような例外も時折出現する。いずれ国外に慣れれば、不可思議な像を垣間見たくらいでは驚きもしなくなるだろう。
「幻覚を見ているのは確かだ……お前ではなくグンルが、だが。つまりオレたちは、彼女が見ている幻なのだ……」正装のベンシック――コアーズカルフが服に付いた猫の毛を掃いながら言った。
「いったいそれはどういうことだ?」
「オレはグンルが〈最果てへの途路〉を辿るために手助けをする集団〈フュルギア一座〉の座員だ。新入り、お前もそうなったというわけだ……オレたちは流れ去った実体の残滓に過ぎん」
座員たちはグンルが罹患している迷宮病の症状、その一部だ。それをアーロンは祝福と呼んでいる。厳密にオリジナルと比較することはもはやできないが、一座に加わった時点で変異し、人族ですらないものと化している。
例えばグンルがバカン王国にいるときにすれ違った、ドルシネアの元となった少女は〈綴り手〉ではなく下級貴族の小間使いだし、左目に魔力を宿してもいない――その目は現実を解析しているのではなく、彼女の偏った価値観によって規定し定着させているのではないかとグンルは考えている――よく考えればルネッタも、最も安全なソラーリオの出身とはいえ、迷宮に潜る聖騎士だったのに光るクラゲなぞで驚愕するのは、オリジナルが体験した迷宮守りとしての意識が白紙に戻されているのかも知れなかった。だが、それはそれで価値のある視点だ。ダグローラの教導派が言う通り、ソラーリオ外の迷宮守りたちは危険に対しやや無頓着だ、その穴を補ってくれるかも知れない。
「さてそれはそれとして、だ……グンル、そろそろオレに仕事をさせてくれ、つまり密輸だ……密輸人としてやはり、定期的にやらなければならないものだ」
密輸業とは金儲けのためにするものであって、その行為自体が好きという話はあまり聞かないが、コアーズカルフはその口らしかった。あるいは、彼が〈密輸人〉として定義づけられているためだろうか。




