第33話 暗影地区
「ご覧ください、貴方様。哀れな行き倒れがいますよ、ふへへへ」
レームが亡骸を指差して笑いながら言った。この区画は天蓋の魔力灯が故障しているらしく、昼間でも常に暗い。街灯が点在するが、それらもまた弱弱しく、青白いその光を頼りに進むしかない。群衆は影の中を音もなく移動する。彼らが行き倒れに目をくれることもない。
「これは漁って差し上げるのが礼儀というもの……おや」
先客がいた。ボロ布を巻いた汚れた鎧を纏う女性だ。ややためらいがちに、死体を起こす。亡骸の顔面は蛸に変化している。髭のように伸びるその触手を、ナイフで切断しようとしているようだ。彼女を見ながらレームが言う。「先を越されてしまいましたなぁ、とはいえ早い者勝ちです、ここで待機し、彼女の取り残しを狙うとしましょう」
女性が振り返ってこちらを見た。レームは彼女に、
「ああ、お構いなく。続けてください、蛸頭は死んでいても墨を吐き出す恐れがあるのでご注意を、いや、余計なお世話でしょうか」
「アドバイスは助かる、我は死体漁りというのは初めてだからな。現在、禁忌に挑戦しようとしているところなのだ」
「禁忌? この国において、死体を漁るのは犯罪ではないはずですが。まあ外聞がよろしくないのは確かでありましょうが」
厳密にいえば違法だが、黙認されているということだ。迷宮内での死体漁りはどこの国でも取り締まられず盛んだが、それが迷宮外にも拡大解釈されたものと思われる。
死体の服を脱がせながら相手は説明する。「我はソラーリオの聖騎士だったのだ、これまで戒律に沿って暮らしてきたが、ある理由で解任・追放となったために、我が身に染み付いた今までの生き方を払拭しようと、死体漁りを敢行したのだ」
わざわざそんなことをする必要もないとグンルは思ったが、新たな人生を歩むための通過儀礼と考えているということだろうか。
「ほう、月神アルズにかけて、財布がまだ手付かずとは運がある。貴公ら、時間があるならそこらのレストランで何かご馳走させてくれ。獲物を横取りした埋め合わせだ」
「そのようなことを気にせずともよろしいのですが、お言葉に甘えましょうか、グンル殿」
そうして入ったレストランもまたひどく薄暗い。この区画自体になんらかの呪いでもかかっているのだろうか。グンルはワインとステーキを頼み、レームも同じものを注文する。ルネッタと名乗った元聖騎士の女性は、辛いパスタにした。
「さて、我はこのような者だ」彼女が自分の顔を指差すと、黒い毛に覆われ、狼の相をとった――人狼、迷宮病の症状の一つだ。大抵の迷宮守りにとっては強靭な肉体を入手できる当たりだが、ソラーリオ正統教会にとってはそうではない。ルネッタは破門の憂き目に合い、現在は月神の信徒へ改宗し、寄る辺をなくしてグンルと同じく放浪生活を送っている。




