第1話 流れ者、グンル
鱗馬の引く乗合馬車が街道を進んでいく。平原の遥か彼方に、都市の影が見えてきた――モーンガルド王国の東端に位置する迷宮都市カーヴドソード。ここに来るまでは酷い目にばかり合ったが、また新たな気分で一からやりなおそう。乗客の一人である迷宮守りは内心そう思う。
ゆっくりと近づいていく目的地は、崩れた石橋の巨大な橋桁の上にあった。都市一つが乗るほどの大きさの残骸。深い大地の裂け目に聳える、迷宮守りたちの都。
裂け目の手前にある城壁に差し掛かった。門衛が馬車の中を改める。迷宮守りは身分証と迷宮侵入許可証を見せた。若いエルフの衛兵が、名前と種族、素性を確認していく。
ドヴェルの女性だった。この種族は男性なら髭を、女性なら髪をとにかく伸ばす。この迷宮守り〈グンル〉もまた、銀髪を足元まで伸ばし、その顔は判然としない。
「バカン王国から来たのか? 息抜きの旅行といったところか、あるいは出稼ぎか?」
色々とトラブルがあって、くたびれたので逃げて来たってところだ、とグンルは答える。大市場コンスタンスフェアで起こった騒乱に、自分は巻き込まれただけだ。ここに来るまであったことは忘れよう。手元に残っていたのは〈墓荒らしのケペシュ〉と旅費のみで、ここに来るまででほぼ使い果たし、手持ちはもうわずかしかない。だが、流れ者にとって荷物の少なさは美徳だ。
「所持している武器は魔剣と――この街にふさわしい曲剣だな――それから魔石の触媒か。禁術使用歴はないな。よし、通ってよい。何の変哲もない街だが、ま、良い探索を」短く告げて衛兵が身分証を返す。通行税を支払うと、あと安宿に一泊して食事をする程度の額が残った。
馬車は門をゆっくりと潜る。城壁の内側にも街があった。旅籠や酒場、食堂などが立ち並んでいる。それらを通り越し、裂け目にかかる橋――崩れた橋の残骸どうしの上に後から架けられたもの――を渡って、ようやくカーヴドソードに到着したころには日が暮れかけていた。初春の夜の、ひんやりとした空気に花の香りが混じっている。