第16話 魔女ベレニス
酒屋は賞金稼ぎギルドの四軒隣だった。そこの店員であるエルフの若者〈シカモア〉は、ハーフドライの仕事を引き継いだと告げるとすぐに「ああ」と得心したように頷く。
「彼は本当にだらけきった奴だ、賞金稼ぎだなんて全く信じられんね。札付きの野郎が自分から首に縄を付けて現れた所で、今日は気分が乗らないとか言うタイプさ」
今回、ハーフドライが情報を得たがっていた賞金首は〈カウフェイス〉という、乳牛の頭を模したマスクを被った怪人物だ。この人物は牛乳泥棒のかどで手配されている――店先に陳列されたものや、配達された牛乳瓶を盗むのではなく、民家の食卓に置かれたものを闖入して強奪するという奇矯な犯行だ。
先日、シカモアがくだんの、ここから二十分のところの客に酒を配達した折に、その話を聞いた。乳牛のマスクを被った人物を、採取で潜った迷宮で目撃したという。それがこそ泥だということを知っていたシカモアが、馴染みのハーフドライに知らせて今に至る。
「坂の上のベレニスさんには一応、賞金稼ぎの人が向かうってことは知らせてあるんだ。おれの名前を出せばすぐ分かるはずさ。彼女がいつも飲む酒? それならこのワイン――ああ、情報提供料ってわけかい」
そう高くもなかったそのワインを包んでもらって、ベレニスという坂の上の住民の所へ向かった。
実際に行ってみると、十五分程度で付いたし、坂もそこまで急ではなかった。特筆すべき点としては、坂の上はそこだけ沼地のようになっており、ヒキガエルの鳴き声が辺りに響いていたことだ。
「迷宮の仕業か、ここだけが別の空間のようになっちまってるな」現れたアーロンが辺りを見回して言った。「ふむ、これで余分に放浪したって扱いになるな。得したじゃないか」
意味は分からなかったが、何かが成長したらしい。
沼に架かる不安定な細い橋を渡り、掘っ立て小屋のような住居に着くとグンルはドアをノックした。
出てきたのは鷲鼻の、いかにも魔女然とした老婆だ。レームを見るなり、
「あいよ、何の用だい。ああ、その深刻な呪いをどうにかしたいんだね。だけどそれはこのあたしでさえ――」
「いえ、ベレニス殿。わたくしは別段不便してはおりませぬ。本日お伺いしたのは酒屋のシカモア殿の紹介で、乳牛のマスクを被った人物の件です。その目撃情報について詳しくお聞きしたく思い、まかり越した次第」
「ああ、ならあんたらが賞金稼ぎってわけかい? お入りよ」
小屋の内部は薄暗く、香辛料のような匂いがした。いくつもの、薬剤が入っていると思しき壺や、乾燥した植物などが積まれている。
ベレニスは実際に魔女であった。フォルディアの魔女階級、すなわち貴族だったが、故あってかの国を追放された身だ。国外の元フォルディア魔女の組織〈異端魔女団〉の一員として、薬作りや治療、解呪といった仕事に従事している。
彼女の髪は、薬剤で脱色したかのように不自然に真っ白で、両目も極めて色の薄い、わずかに青みがかった灰色だった。魔女たちは魔術的・薬理的な改造を受けた身であり、その副作用を抑えるための薬剤やその材料も、魔女団を通して供給されているようだ。
グンルがワインを渡すと、ベレニスは微笑んだ。
「こりゃありがとうよ、さすがドヴェル、酒に関しては気が利くねぇ。例の怪人についてなら〈影商人の地下街〉に潜んでいるはずさ。ちょいとばかし、物騒な場所ではあるけどね」




