1年生2月 厨房のアリス
調理部が休みで、本来は家庭科室から音が聞こえてくるはずがない、東領家中学校の放課後。
トン、トン、トン……。
カチャッ。
グツグツグツ……。
「今すぐにでも食べたぁい……」
家庭科室から流れてくる、市販のキムチ鍋の素の匂い。
鍋からあふれ出す。
「さっきそこのスーパーで買ってきたキムチと……、白菜と……、ニラと……、豚肉と……、タラ……。
料理が下手な私でも、すぐにでも食べたくなるような、美味しそうな匂い……。
あぁ……、こっちの世界のキムチ鍋の素、『オメガピース』に持ち帰りたい……」
グツグツグツ……。
シュー……。
「あっ!」
鍋の匂いを嗅ぎながら、鼻の中でエア食事をしていたアリスは、鍋から噴きこぼれる音で我に返り、家庭科室のコンロを回した。
だが、調理台の上にはオレンジ色の液体が流れている。
「うわ……。
こっそり鍋を作ってたのがバレる……」
そして、運悪くそのタイミングで、家庭科室のドアが開いてしまうのだった。
『誰ですか! 学校の中でキムチ鍋を作っているのは!』
「やばっ!」
咄嗟に身を隠すアリス。
調理台の下に潜り込んだまではよかったが、通路から身を離そうと動いたそのとき、ガスコンロに頭をぶつけてしまった。
「いてっ!」
『誰かいますね……。
しかも、鍋の下あたりに……』
さすがに、アリスも諦めざるを得ない。
決心は、ついた。
「いらっしゃいませぇ!
東領家中の鍋パーティーへようこそ!」
「パーティー?」
アリスが、ジャンプしながら顔を出した。
迫って来ていたのは、国語の教科担任、難波だった。
1年3組の担任なので、1組のアリスが鍋を作っていたことなど簡単に漏れてしまうのだった。
「はい、パーティーです!
今日、めっちゃ寒いじゃないですか!
だから、ここに来たみんなに温まってもらいたくて、鍋を作ったんです!」
アリスはそう言いながら、家庭科室の引き出しからお椀と割り箸を取り出す。
ついでにおたまも。
「はい、先生!」
「仕方ない……。
ここで鍋を処分すれば、フードロスになってしまうからな……」
アリスの作った鍋を食べる、難波。
鍋の汁をすするように口に入れて、一呼吸する。
「うぇっ……!」
「どうしましたか?」
難波の足が、早くも家庭科室の出口へと向く。
その体は震えていた。
「かなり辛くないか……、これ……。
み、み、み……、水!」
難波は、家庭科室の中に蛇口があることすら気付かずに、家庭科室を逃げるように出て行った。
後には、激辛かも知れない鍋が大量に残された。
「ハバネロって、少し入れただけでもこんなに辛いんですね。
赤く見えないから入れただけなのに……」
アリスは、確信犯である。
「てか、私まで食べられなかったら最悪かも知れない……」
アリスも、おたまで鍋をよそった。
そして、一口。
「にぎゃああああああああああああ!」
口から火が出る、というのはまさにこういうことである。
アリスも、ハバネロの辛さに耐えられず、家庭室の通路にうずくまった。
「ハバネロのバカああああああああ!」
そこに。
「「「激辛鍋を食べに来たぞー!」」」
難波が数名の先生を呼び、再び戻ってきた。
そして、その後ろには激辛鍋の匂いで駆けつけた、数名の生徒が。
「学校で、こんな辛い物が出てくるの、珍しくなーい?」
「君たち!
中学生からこんなもの食べたら、体に悪いでしょうに!」
「先生だって食べようとしてますよねー。
さっき、中からハバネロって聞こえましたよ」
家庭科室の入口で、突然始まる先生と生徒の口論。
うずくまっていたアリスは思わず立ち上がり、ゆっくりと言った。
「あの……。
これ、人間が食べるものじゃないので帰ってください」
「「「どの口が言ってるんだ!」」」
結局、アリスの作った激辛鍋は駆け付けた人々の口に少しずつ入ることになり、アリスには何も残らなかったという。




