第2話 これは本当に現実か?
俺たちがこれから入学する——白詰高校。
その校門をくぐってなお、芹那はそれが当たり前であるかのように俺と腕を組んでいた。
「おはようございます」
ニコニコと笑いながら、新入生たちに挨拶を繰り返す。
まるで、あえて注目されることで俺たちの関係を周知させるかのように。
やがて新入生たちが集まっている下駄箱のあたりへとたどり着く。そこになにやら貼り紙があるようだ。
「そっか、まずはクラス分けの発表か」
「同じクラスになれるといいですね」
「はぁ……?」
芹那の返答に思わず絶句してしまう。だっていつもなら……『クラス分け? どうでもいいです。理央と同じクラスだなんてただただ面倒で、迷惑なだけですよ』といった感じなのに。
「マジでなんなの……怖いわ……」
「な・に・か・?」
ひえっ。
芹那は笑顔なのに、その表情は氷のように冷たく見えた。
「なんでも、ないです……」
今の芹那には逆らわない方が良さそうだ。あとが怖い。とにかく機嫌を損ねないように行動していこう。
2人揃って張り出されたクラス分けを見る。
「えーと、どこだ……?」
「あっ……!」
芹那が「1-B」の貼り紙を指差す。
「あった! ありましたよ理央! 同じクラスです! ほらほら! 見てください理央!」
「ちょ、おま、声でか……」
「良かったですね! これで教室でもイチャイチャできます!」
「なっ、ぁ……!?」
芹那の大声に、周囲の生徒たちがざわめきだす。
「おいおい、入学式早々バカップルかよ……」
「すでに十分イチャイチャしやがってからに〜!!」
「わ、かわいいカップル〜」
「憧れちゃうかも!」
「おいおいあの子、めちゃくちゃ可愛くね? でもくっそ、彼氏持ちかよー」
「もう帰りたい。鬱になりそう」
聞こえる呟きからはさまざまな感情が読み取れる。
特に男子からの嫉妬の視線が痛い。入学初日から惚気たカップルがいればそうもなる。
「ふふっ」
俺は戦々恐々としているというのに、芹那は満足そうに笑みを浮かべていた。
本当に芹那は何を考えているんだ……!?
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入学式はつつがなく行われた。
と言っても父さんが終始泣きながら動画を回していて、息子としては非常に落ち着かなかったが。泣くならせめて卒業式にしてほしい。
ここからは各クラスの時間だ。
担任の先生が最初の挨拶などを始めていく。
「つんつん」
「ん?」
背中をつつかれる。
「同じクラスで、しかも前後ろですね」
「最初の席は50音順だしな」
杭原と小鳥居だからさもありなん。
「高校生って席替えはあるんでしょうか」
「わからないけど、担任の裁量次第じゃないか?」
現在進行形で挨拶している担任は、若い女教師だ。第一印象としては真面目そうで、あまり融通が効くようには見えない。少しふだんの芹那に似ている。
「そうですね……ではもし席替えがあったら今度は隣にしてもらいましょうか」
「いや、席替えって大体くじ引きとかだろ」
一人一人の意見を聞いてたらいつまで経っても席なんか決まらない。
「大丈夫ですよ。そういうクラスにしますから」
「そういうって……」
「今にわかりますよ」
クスッと笑う芹那は、俺にとってはやはり不気味そのものだった。
しばらくすると今度は生徒の自己紹介が始まる。
新生活のスタート。高校デビュー。その始まりの是非がこの瞬間にかかっていると言っても過言ではない。無難に済ませるか、笑いを誘うか、それとも緊張で縮こまってしまうのか。
クラスメイトのキャラクターが一目でわかる場面だ。
教室全体の空気が張り詰めたように感じた。
やがて俺の番がやってきて、椅子を引いて立ち上がる。
「杭原理央です。よろしくお願いします」
その一言のみで、再び座り直した。
あまりにも淡白な挨拶に、教室にはパラパラと疎らな拍手しか湧かない。
ただでさえすでに目立っているんだ。言葉は最低限に。今はクラスメイトからの関心を少しでもなくしたかった。
「それでは、次は私ですね」
俺が終わったということは次の出席番号、小鳥居芹那が立ち上がった。
瞬間、教室の注目が一気に集まったのがわかる。
それもそのはず、小鳥居芹那は誰が疑うまでもない美少女だ。
俺も一応と思い、背後へ身体を向ける。そうして改めて、幼馴染であり許嫁の姿を見やった。
さらさらと揺れる短めの黒髪。きめ細かく、雪のように透き通った柔肌。細身で華奢でありながらも出るところはしっかりと出た抜群のスタイル。
鼻梁はスッと綺麗に伸びていて、長いまつ毛に大きくつぶらな瞳、小さな口、瑞々しい唇と、顔のパーツはバランスよく整っている————それに加えて、家にいる時とはまったく異なる天使のような微笑みときたものだから、その美しさはまさに天井知らずだ。
「初めまして、みなさん。小鳥居芹那と言います。これから1年間、よろしくお願いします」
その挨拶は思っていたものと違い、愛嬌はあるものの俺と大差ないくらいに簡素なものだった。
いや、本来の彼女はそっち側であるのだが……今日の彼女はあくまで対面を装うのかと思っていた。
まぁ、何はともあれ大事なくてよかった。
安堵して前へ向き直る————が、俺は突如腕を取られてむりやりに立ち上がる。
「なっ……!? おい芹那!?」
「ちなみに、こちらの杭原理央さんは私の許嫁ですので♡ 以後お見知りおきを♡」
強く抱きしめられた腕には、今まさに改めて確認したばかりの出るところの部分がしっかりと当たっていた。
「言うまでもありませんがこの通り、ラブラブです♡」
普段は近づけない許嫁の甘い女の子の香りが鼻腔をくすぐる度に意識が持っていかれそうになる。
あれ、俺ってもしかして許嫁とラブラブだったのか……?
あっはっはっ、この美少女、俺の幼馴染で許嫁なんですよ〜羨ましいだろ〜?
理解が及ばない俺の脳は現実逃避を始めていた。