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出来損ない

作者: 京本葉一

 父さんは休日になると一人で海釣りへ出かけた。


 竿やルアーをそろえるだけではあきたらず、小型船舶の操縦免許を取得してマイボートを購入した。とても気分が良かったのだろう。僕は父さんの船に乗せてもらうことになった。


 漁港から船にのってポイントに移動する。

 沖合に出るという僕のイメージとは裏腹に、船は陸地に沿って進んだ。

 切り立った崖。

 岩壁に近い場所で、父さんは船を止めた。


「久しぶりだな、ここに来るのも」


 上機嫌だった父さんが語るところによると、エサが豊富で、めずらしい魚も集まってくるらしい。釣り仲間の船でよく来ていたものの、その仲間と連絡がとれなくなり、このポイントにくる手段がなくなったという。


「地元の漁師は近づかないからな」


 父さんが趣味に没頭しはじめたので、話はそれで終わった。絶好のポイントであるのか、父さんの技術が凄いのか、僕は次々と魚を釣り上げる父さんの姿と、甲板でビチビチと暴れる魚を見物していた。船に乗ることも、潮風を感じることも、なにもかもが初めて体験で、このときはまだ、少なからず興奮していた。


 詳しくない僕でも知っている魚が釣り上がる。タイのような深いところにいる魚も釣れるのかと感心するさなか、違和感にとらわれて、血の気が引いた。


「……ちっ」


 父さんの舌打ちが聞こえたけれど、僕はそれどころじゃなかった。ビチビチと暴れるタイらしき魚の片目が、どうみたって魚の目じゃなかったから。あれはどうみても瞳だった。白く濁った人間の眼球だった。


「出来損ないは、どこまでいっても出来損ないだな」


 父さんはタイらしき魚を海に投げ捨てたあと、とくに気にすることもなく海釣りを楽しんでいた。


 父さんがなにを知っていたのか、僕はなにも知らない。ポイント近くの切り立った崖のうえで、よく遺書がみつかること、海へ飛び込んだ人たちの遺体がひとつも発見されないことは、あとになって知った。


 崖の上に立てば、素晴らしい展望がみえる。人生の最後に、壮大で美しい景色をみたいとおもうのだろうか。海のなかへ帰りたいと願うのだろうか。もしも近くに船があったら、助かる可能性を考えて、思いとどまったりするのだろうか。

 だとしても、あるいは、だからこそ、地元の漁師は近づかない。

 近づけば、どうなるのか。

 どうするのか。

 こんなことを考えてしまうのは、キッチンから魚の焼ける匂いが漂ってくるからだろう。父さんの行方がわからなくなって、もうすぐ七年。そろそろ保険金がおりるせいか、母さんの鼻歌が聞こえてくる。

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