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お嬢様の奮闘

「お父様、申し訳御座いませんでした。もう一度、お話を聞いていただきたく存じます」

「エーファ。君の連れてきたあの子、まだ大層なことを言っているそうだよ。反省の色が全く見えないのだけれど」

「……彼の言葉には優しさや違った意味が隠れています。私が彼の心中を代弁します。だから、彼の声を聴かせてください」

「ねえ、あなた? エーファのこうまで言っているのよ。私も事の仔細を聞いたけれど、エーファのことを聞いてからでも決断を下すのは遅くないと思うわ。彼女の願いを聞いてあげて。そして彼の胸の内を私にも聞かせて」

「……ノア」

「かしこまりました」


 ノアとはアークの次にレオンに仕える執事である。アークはレオンの右腕であるが、彼の隣を離れ仕事をすることも多いため、その時は代理でノアがレオンの専属執事となるのだ。アークがややこしいから、ノアを常時専属執事として控えさせておいてほしいと提言しても、レオンはアークを信頼しているからと認めない。そのためノアはいつも二番手であった。彼はそれに異論も不服もないが、仕事が複雑になるのだけは勘弁してほしいそうだ。

 そんなノアがレオンの指示で持ってきたのは一つの魔水晶であった。

 今から地下に向かうところであったアークにもう片方を持たせると、レオンは二言三言言葉を交わし、そのまま部屋に戻ってくる。


「これであちらの様子はこの水晶を通して、会話も姿もわかる。だが、今回、姿は必要ないと判断し、声のみを届けている」

「何故、姿は必要ないと」

「貴方の知り合いが傷ついているところを見るのは嫌でしょう?」

「それでもこの状況を作ったのは私の行動が発端です。私には見届ける権利があると思います」

「彼がそれを望んでいなくても?」


 エーファは自身の母親であるロアナにそういわれ、はっと息をのむ。彼は他人に弱みを見せることを極端に避けたがっている。彼の望みを知らなかったことにしようとしたいわけではない。そこでようやく、その行動が自分の満足のためであることに気付いた。


「わかったようね? なら、このままで大丈夫でしょう。早く私に彼の心情がどんななのか聞かせて」

「わかりました」


 数分ほど経つと何かが空を切る音と鈍い衝突音が水晶から聞こえる。

 これがどんな罰かは安易に想像できる。だが、誰もその音を聞いていなかった。三人が訊いていたのはその音の途切れる時、あるいは最中に発せられる言葉の数々に向けられていた。


[あー、痛い。容赦ないな]


 鈍い音がまた鳴る。少しの静寂の後に聞きなれた声がした。


[素直に旦那様に謝ればいいものを。強がっていても、今までこの一週間の責め苦に耐えられたものはいない。妹に会いたくはないのか。更生すれば会えるのだぞ]

[今謝ったとて、俺は微塵も更生していないから意味がない。妹には会えなくとも別に気にしていない。会おうが会うまいが、あれは勝手に俺の後ろをついてくる。ただそれだけであって、血がつながっているからと言って俺はあいつに手を差し出したりなどしない]


 刺々しい声音で物怖じすることも痛みに屈することもなく言い返す声。こちらは聞きなれてはいないので、リヒトの声だと聞いただけでわかる。


[旦那様は彼女の支援を断ち切ることもお考えです。他の貴族に引き渡すことも視野に入れております。もし貴方がここで無駄な意地を張ったところで、地上に出たときには彼女はもうこの屋敷にいないでしょう]


 アークの放った一言にエーファは凍り付く。


「お父様!」

「いいから聞いておけ」


 レオンの考えが読めないエーファは唯々本当に父がしてしまったらどうしようという不安でいっぱいであった。しかし、今はリヒトの真の声を聞くのが先決であるから押し黙る。


[だからなんだと言っている。俺があいつのために首を垂れるとでも思ったか? 反省するとでも? あいつはただの血がつながっただけの存在で、それ以上でもそれ以下でもない。それに血の繋がりが何だというのだ? そんなものは塵芥と変わりない]


「ずっとこの調子だそうだ。エーファは彼のこの言葉についてどう思う?」

「彼は初めて会ったときも同じようなことを言っていました。『血の繋がりは偽りである』と。私の憶測ですが、彼は我が子を売る親や兄弟を犠牲にしてまで生き残ろうとするものたちを何度も見てきたのではないですか? 彼は私たちの間では当たり前で絶対的な家族という存在まで信じられなくなるほどに、そんな悲惨な現場に遭ってきたとしたら? 彼からすれば血の繋がりなんて結果でしかなくて、それが全てではないのでしょう。ディアナを守っていた理由に、血が繋がっているからと彼が頑なに言いたくないのは、そんな些細な理由で彼女を守っているのではなく、大切だから守っていると証明したいのではないですか?」

「確かに筋は通っている。だが、彼にとって妹が大切であると何故言いきれる」

「彼は嫌なものには嫌だというはずです。それに彼が悲惨な状況に遭ってきたのであれば、必然的にディアナも同じような道を辿ってきたということになりますが、彼女は純粋無垢で綺麗な眼差しを持っていました。言い方は悪いですが、お荷物である妹は真っ先に邪魔になる存在です。ですが、そんな彼女を大人の汚い部分から守り、ここまで育てたのは紛れもなくリヒトです。彼が、そこまで身を挺して守りたかったものが大切じゃないなんておかしいです」


[お前は自分を作る信念を曲げてまで、血縁を助けるのか? 仮にそいつがお前の倒したい悪でも?]

[……]

[いざという時にはだんまりか。自分の意志すら貫けないなど、滑稽で愚の骨頂]


 またもリヒトの声が流れる。この部屋で声を発するものはもうおらず、ただ彼の声に耳を傾ける。

 徐にレオンが口を開く。


「わかった。エーファの言い分を了承する」

「お父様! ありがたく存じます」

「だが、あの子には催眠魔法をかけて僕自身が真意を見定める。それでもいいかい?」

「はい!」

「では、ノア。アークに伝えてきてくれ」

「かしこまりました」


 穏やかな笑みを浮かべ、気弱な笑みを浮かべるレオンの姿に、エーファの胸のわだかまりがすっと消えていく。嬉しさで目を輝かせ涙を浮かべ、感謝を述べる。

 娘の元気な姿に両親ともに安心したのか、顔を見合わせ、控えめに笑みをこぼす。


「あ、そういえば、彼と話した際に気になる話を聞いたのです」


 エーファはふと大事なことを思い出した。彼の根底にあるもの、価値基準が自分らと違うかもしれないという、かなり大切な話だ。


「気になる話?」

「はい。彼は前世の記憶があるそうです。この世界とは違う世界の記憶だと言っていました」

「それは本当なの?」

「ええ。えっとその……催眠魔法を使ったときでしたし、その時に彼の前世の世界について聞いたのですが、その情報を淀みなくすらすらと話していたので」

「では、それについても聞いておかねばなるまいな」


 ここでレオンはロアナとエーファと別れ、応接室へと向かった。そこでリヒトと話をするために。


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