悪役の性
「……どうも思わん」
「それはどういうことかな?」
やばい。レオン様の顔が一瞬だけだが引きつった。
俺でもわかる。今の一言は発してはいけない言葉だったのだと。
「お父様、彼が委縮しています。威圧しないでください」
焦りで狼狽しきっていた心に彼女の声が透き通る。焦っていた心が多少は落ち着きを取り戻すことができた。
俺の心境とは裏腹に、レオン様はエーファ様の方をちらりと見やると、目の笑っていない明らかに怒っている笑顔で淡々と言葉を発する。
「エーファ、流石に僕もこれは許せないかな」
「お父様は彼が今まで辿ってきた境遇を知らないから、そう思うのです」
「どういうことか聞いても?」
「ええ、勿論です。知らなければ彼がただの無礼者になってしまいますもの」
エーファ様は愁いを秘めた笑みを浮かべて、話を続ける。
「彼はずっと妹を守ってきました」
「知っているよ。僕の家で保護させてもらっている巫女だよね?」
「そうです。彼女を守るため、たった一人でこんなにも幼いのに奮闘してきました。ですが、彼も所詮は子供。大人という大きな敵にいつ妹が奪われるかもわからない、自分が殺されてしまうかもしれない。日々、そんな恐怖と隣り合わせで戦い、守ってきたのです。しかし、そんな彼にも限界がきます。どんなに心が強くても、絶対的な強者には勝てない。だから、彼は感情を殺した。そんなものがあるから、一瞬の隙を生み、それが致命的な一打になると。彼は何にも興味を持たず、誰とも人と関わらず、一切の感情を表に出さず、押し殺し、何事もなかったかのようにただ徹頭徹尾、傲岸不遜な態度を貫いているのです。自分の感情が妹に害をなさないように。……これを聞いてもまだ彼の態度に異議を申し立てますか? 彼がそのままでも受け入れていける環境を作り、自然のままいられるように心掛ける、私の為すべきことはそれだと思います」
エーファ様の話した内容は嘘でもあるが、守ってきたことは本当なので嘘ではない。俺はあの日思い出しただけだが、そのきっかけになる夜盗と対峙したのはリヒトの意思だったから、すべてが嘘であるわけでもないのだろうと思う。
「そうなのかい?」
エーファ様の話に心を動かされたのか、レオン様は瞳を揺らし、俺に伺うようにそう言う。
「そう言われて認めるわけがないだろう。妹が巫女だの知らんし、あいつを守ってきたという言葉自体が間違っている」
「彼は、自分の弱さを見せません。素直に答えてくれることは期待しない方がよいかと」
余計なことは言わないと約束したが、言葉を綴ってしまう。これは自分の意思で浮かべた言葉が変換されたのか、リヒトの言葉なのか正直、自分でもわからなくなってきた。
「なら、何故それをエーファが知っている……?」
「私の魔法です。法を担う、ベイリー家のもつ固有魔法、それを少しだけ使わせてもらいました」
「そんなことは聞いていない」
「言ってませんし、聞かれてませんもの」
俺のあれは魔法を使われたからだったのか。彼女の前では悪癖が出ずに済むと思ったのに。なんだか悲しい。
俺たちの掛け合いを聞いていたのかいないのか、レオン様はかすかに目を見開いたまま静止していた。だが次の瞬間、先刻とは違う怒りの表情を浮かべると、今までの穏やかな口調ではなく厳かな声音で捲し立てる。
「エーファ、勝手に何故使った? あの魔法は相手の精神に作用するもの。たとえ僕の娘でも勝手に使っていい代物ではない」
今まではエーファ様の独壇場だった。しかし、それも今は昔の話。
父親に怒られたことがないのだろう。彼女は聡明な人だから。仮令、怒られると覚悟をしていても、実際に目の当たりにすると迫力が違う。
「すみません、お父様。……それに関しまして、別途報告したいことがございます。その後にならいくらでも罰を受けますから、もう少しだけ話を聞いてください」
「僕は君をとてもいい子だと評価していたのだが、約束も守れないのだな……」
失望とも見て取れる、その言葉をかけると退室しようと腰を上げた。
慌ててエーファ様の方に顔を向けると、彼女は真っ青な顔でただただ狼狽していた。今までの彼女が嘘のように親に怒られて、焦っているただの子供だった。
俺はそんな彼女を見て、居ても立っても居られなくなって、無駄口を叩いてしまう。これに関して、一切後悔はしていない。俺が仕えたいと思ったのはエーファ様であってレオン様ではない。だから、俺はエーファ様の幸福を優先する。そのためにも彼の言動を撤回させねばならなかった。
「お前は子の声も聞かないのだな」
感情よりも先に体が動いた。
俺は嘲笑うかのような口調で、淡々と事実を突きつけた。
「何かな? 君はまだ部外者だよ。さっきの言葉で多少の無礼には目をつぶろうと思ったけれど、まだ言葉を続けるというのなら、その限りではないよ。こちらは貴族だ。ベイリー家の名のもとに法に基づき、君に罰を与えよう」
「なんだ? 俺が今更そんなことに臆するとでも? 貴族に盾突いたからって罰される?そんなこと微塵も怖くないな」
「妹にも害が及ぶとしてもかい?」
「だからなんだ? 妹だからって何故、いつでも助けなければならない。それに俺が法の下に罰されるとしても、精々、一週間の地下牢行きだろ。そんなのはあっちじゃよくあることだ。今更そんなことに怯えるほど、俺はやわじゃない」
「本当にそう言ってられるかな? 大抵のものはこれに懲りて、厚生する」
「俺をその他大勢と一緒にするな。あんな奴らと一緒にされるなんて虫唾が走る」
「今謝るなら、寛大な処置をしてもいいのだけれど、君は謝らないだろうね」
「ああ、そうだ。何故そんなことをしなければならない。俺はただ事実を言ったのみ。それに過剰に反応しているのは貴様だろう」
「君には言葉で言っても聞かないようだね。アーク、こいつを地下牢に連れて行け」
彼は手を上げ、後ろに控えていた執事にそう言伝る。それだけをすると、今度こそ部屋から出ていこうとする。彼の怒りのベクトルが多少は俺に向いただろう。これが最善かはわからないが、兎に角今はこれでいいと思った。自己犠牲なんて嫌だけど、エーファ様の為ならばやぶさかではない。
そんなことを考えていた最中、今まで急展開で付いていけていなかったエーファ様も理解が追い付いたようで、慌てふためき弁明しようとする。
「お父様! 彼は何も悪くないのです。周りが彼を追い詰めたのです。だから、彼への処罰をやめて!」
「お前は自分がベイリー家の令嬢だという自覚があるのか。勝手に催眠魔法を使ったかと思えば、次は罪人の減刑を欲するのか。私情を挟むな」
またも怒鳴られているわけではないが威圧的な声に狼狽えてしまう。
再度、俺は少しでも彼女への怒りの矛先を自身へ向けるため、虚勢を張った。彼女は俺の恩人なのだから。
「私情を挟んでいるのはどっちだか。俺からしたらお前はただ自分の苛立ちを丁度いい俺という罪人を処罰することで発散しているとしか思えないが? 罰するのは一向にかまわないが、大事なことを見失うなんて愚かでしかないな」
「アーク、いいから連れて行きなさい。そこまで言ったのだ。刑が重くなったとて減刑は認められない」
「そんなことわかっていっているに決まっているだろう。あんなところに一週間何されたとて、何ともない。それに貴様は法を重んじるのだろう? むやみやたらと俺を嬲るわけではない。そこだけは期待している」
そこまで言い終えるとアークと言われた執事が問答無用で引っ張っていこうとする。俺は逃げたいわけでもないので、素直に部屋から出ていく。そこで一度振り返る。らしくないかもしれないが、エーファ様の精神状態に関わるのだから、四の五の言ってはいられない。
一応この悪役補正は俺の言いたいことも言ってくれるらしいからな。端的に言葉を紡ごうとすれば自然と思ったままの言葉が出るだろう。
「エーファ様の気にするところではない。俺は俺自身のせいで罰を受けに行く」
「リヒト! 貴方、これから何されるかわかっているの?!」
「わからないはずがないだろう。落とし前は自分でつける。ただそれだけだ」
俺はそのまま執事に手を引かれるままに地下へと向かった。
無機質な寂れた階段を一歩一歩と下っていく。明かりは執事のもつ蝋燭だけ。しばらく下り、階段がなくなると、そこは文字通り牢だった。地下牢の外には様々な罪人への罰を与える道具が並べられている。
怖くないわけではない。もし痛さを感じなかったとも、恐怖は感じる。だが、今この状況を作りあげたのは自分のこの口なのだから、仕方ないとも思っている。
この地下牢で過ごす一週間、俺が為すべきことはただ一つ。エーファ様の負い目にならないようにするだけ。それだけのことを彼女は俺にしてくれたのだ。たった少しの共感とったった少しの慈悲。それだけだが、俺にとっては最大限のものだった。それを与えてくれた主には、最大限の恩を返す。その思考が俺の前世の性格が所以かはわからないが、俺は為すべきことをしようと決めた。




