局面打開
「待って、貴女、今なんて言ったの?」
前世の記憶を持っていると打ち明けると今度は彼女が狼狽した。
「前世の記憶があるというか、あの怪我で思い出したんです」
「それは本当なの?」
「ええ、まあ」
「では聞くわ。前世での貴方の名は?」
再度質問が始まった。今度は俺の前世について。
「わかりません。男だと思うんですけど、その人の個人的なことを思い出そうとすると靄がかかったみたいに思い出せないんです」
「そうなのね。次は貴方のいた世界について聞くわ。その国の名前は?」
「日本です」
「場所は?」
「極東です。東の小さな島国です」
「有名なものや特産品は?」
「えっと……、和食や神社仏閣とか、ですかね」
「貴方は今この国の言葉で話しているけど、公用語は同じなの?」
「多分違うと思います。俺には日本語に聞こえるけど、文字の字体が違ったはずです」
「それは読めるの?」
「はい。何でかはわからないですけど」
「魔法はあるの?」
「いえ、ないです。でも、その代わり科学技術や医療が発達していました」
「例えば?」
「例えば、そうですね……。科学技術を使って作られた飛行機や車では長距離の移動を支え、医療では臓器移植や輸血などがありました」
尋問のようだ。
答えても答えても質問が待ち構えている。答えるのは簡単な質問ばかりだがこうも多いと疲れを感じる。
「わからない単語もあったけれど、ものの数分で作るには不可能な設定。それに貴方に感じた違和感が内面と外見の相違なら、内にある貴方は記憶がよみがえって性格が変わってしまったというのも頷けるわ。外見の様子からして、誰かに首を垂れるのも弱みを見せるのもしたくないタイプの顔だったもの」
「ということは?」
「ええ、貴方のその話、信じるに値すると思うわ。貴方が思ったことを言えないのは、私の所見だと、元の貴方の人格と今の貴方の人格は混ざり合っておらず、分離している状況。元の人格が出てこないか出てこれないものの貴方の今に少なからず影響を及ぼしているのではなくて?」
まさか信じてもらえるとは思いもしなかった。
それにしても彼女は見た感じ、リヒトとそう変わらない年頃なのに、自分で考え、自ら解答を得ようとする。俺の中身は少なくともリヒトよりは上の年齢だ。前世の自分から見える景色はこれほど小さくはなかったから。そんな俺と対等に話せるほどの彼女の聡明さに驚きを隠せない。
先刻、リヒトは自身を12歳だと言った。それと変わらないほどの少女ならば、前世の世界ではまだ世間知らずの庇護下の可愛い子供だった。この国の子供は皆総じて、彼女のように頭脳明晰なのだろうか。
「黙ってどうかしたの?」
「いえ、エーファ様があまりに頭の回転が速くて、頑張って理解しようと」
「あはは。そんなことを素直に言う人、初めて見ましたわ」
年相応に笑う彼女。今までの笑みは何処か大人っぽく、子供らしくなかったが、やはり子供は子供であった。無邪気に笑う彼女を見ていると安心できた。
「あ、そうだ! いいことを思いついたわ。貴方、私の専属執事にならない? 人が見つからなくて困っていたの」
「え? 俺ですか? 無理ですって、俺、エーファ様とはこうして話せているけれど、他の人とはちゃんと話せないと思うんです」
多分今、彼女ときちんと話せているのは俺の内心と外見の違いを見破ったから。それが他の人にできるとは思えないし、あの傲岸不遜な態度を見て、俺の内面に気付く人なんてそうそういない。
「心配しなくていいわ。私から話を通しておくから」
「いや、でも……」
「勿論、前世の記憶は秘密にしておくから。みんなが全員信じるとは限らないって私も承知しているわ。それに貴方の了承なしに勝手に話すなんて無粋なことは致しませんよ」
「俺は、ディアにさえ、こんなに気楽に話せないんです。それなのに……」
「やっぱりディアナのことを好いているじゃない。それにディアナなら、貴方のその差異に気付くことができると私は思っているわ。気が付いてさえしまえば、貴方のその言動の真意を読み取ることができるのでしょう」
彼女には何でもお見通しのようで、お茶目に片目をつぶっておどけたように勧誘してくる。こうなれば俺に拒否権はない。喜んで応じよう。
「そうですね。……俺、やってみたいです。エーファ様の執事」
「なら、決まりだわ。話を通してきましょう」
「あ、俺も」
「そうね、貴方もいらしてちょうだい。あと貴方のその口調については私が説明したいのだけど、こういう説明でもいいかしら」
そう言って彼女は僕に説明の内容を話し始める。
確かにそれならばしょうがないとなるかもしれないが、上手くいくのか正直不安。
「心配することなど何もなくてよ。客観的に見ても私は今まで真面目で貴族の令嬢として相応な行いをしてきたのだから、多少の無茶も多めに見てもらえるわ」
「わかりました。俺はなるべく黙って、波を立てないようにします」
「貴族への無礼は一週間、地下牢での重い処罰が下されるわ。気を付けて」
「肝に銘じておきます」
「そこにある服に着替えたら、部屋の外に控えている女中に私のところまで案内してもらって。もしその女中に命令口調で話してしまっても大丈夫。彼女は私の女中だから。ではまた後で」
そう言い残して彼女は退室していった。
残された服に目を向ける。綺麗なシャツとズボンに飾り毛のないジャケット。
リヒトは原作でもイケメンキャラだったから、似合わないことはないと思うが、今まで簡易的な服ばかりだったので、違和感が拭えない。
服を着終えると、エーファ様の指示通りに部屋から出る。出るやいなや、扉の前で待っていたメイドに話しかけられる。
「貴方がリヒト様でしょうか。メリーと申します。エーファ様のメイドでございます。ご案内をさせていただきますので、こちらにどうぞ」
「あぁ」
辛うじて返事はした。だが、俺の顔は部屋での表情が嘘のように、変化のない不機嫌そうになっている。主の客とはいえ、態度が露骨すぎて不快にさせていないか不安になるも、俺にはどうにもできないので、ただ静かにすることに徹した。
「こちらでお嬢様がお待ちです。……エーファ様、リヒト様をお連れ致しました」
「入ってくれて構いませんわ」
「失礼致します」
案内された先は淡い水色や桃色を基調とした可愛らしい部屋だった。多分、エーファ様の自室なのだろう。案外可愛らしいものがお好きならしい。そんな大人っぽさとのギャップで驚いてしまう。
「では、行きましょうか。お父様には今から行くと言伝をしたので」
「……わかった」
エーファ様の後ろに付き従う。
先ほどの返事をしたとき、マリーさんに凄く冷ややかな目で見られていた気がしてならない。この口調や態度だとさっきみたいな反応が当たり前になるのだろうが、俺は慣れる自信は毛頭なかった。俺の態度が悪くてもそれが本心ではないのだから、いわれのない対応には多少とはいえ傷ついてしまう。
目的の場所に着いたのか、エーファ様の足が止まる。
大きく凝った装丁の扉に間違いなく、この先にいるお方がやんごとなき身分であると確信する。自然と緊張も高まり、表面に反応はないが心臓もバクバクしている。
エーファ様は三回ほどノックをすると返事を待たずに扉を開けた。
「あ」
「いいのよ。私がこの時間に来ることは事前に伝えてあるし」
俺の疑問の意図がわかったのか、部屋に入るよう促してくる。
「お父様、先程ご提案させていただいた事で参上いたしました」
「わかっているよ。二人とも座りなさい」
後ろに控えていた執事が俺の椅子を引き、座る場所を教えてくれる。座りながらも、不躾ではあるが観察してしまう。
エーファ様のお父様は物腰柔らかでかっこいい人だった。彼の髪はエーファ様のものより青みが強く、海のような紺瑠璃色。それでいてその双眸は済んだ黄緑色。片目に着けているモノクルが特徴的。エーファ様と変わらないほど髪も長く、それをひとくくりにして、肩に流しているいる。絵に描いたように綺麗な貴族だった。
「そんなに見ないでおくれ」
ちらっとしか見たつもりがなかったのだが、気づかれていたようでばつが悪い。内心は委縮しているものの、そんなものはおくびにも見せない。俺は何処でもこの意地の悪いままのようで、持ちかけた希望さえなくなり落胆する。
「君がリヒトくんだね。僕はレオン・ベイリー。先刻、娘から君を自分の専属執事として雇いたいと申し出があったわけなのだが、それに対して君はどう思う?」
まさか初めから俺に質問が飛んでくるなんて思っていなかった。しかも、きちんと答えなければならないもの。だが、俺にとってエーファ様の申し出は希望そのもので大いに感謝していた。
だからこそ素直に言いたい。有難かった、と。
俺には何もなかった。そんな俺の言葉を真摯に受け取り、道を示してくれた。
俺はただ嬉しかった、とその一言が言いたかった。けれど俺の口から出た言葉は違った。
「……どうも思わん」




