止まらない妹
4時間目は魔法演習。
ディアのできていない実践面でのテストも兼ねているらしい。
筆記試験は事前に終えているとメアが教えてくれた。
『清冷なる月影の纏いし矢を以て かのものを射止めん』
数少ない攻撃魔法の一種を発動させる。威力は弱いが、光魔法というものは元々、浄化や治癒を専門とするものだから誰も異を唱えたりはしない。光魔法でもきちんと攻撃もできるという点は評価されるだろう。
「リヒト、今日はお昼どうするの?」
魔法演習の授業が終わるやいなや、エーファ様にそう問われる。
少し逡巡した後、答えようと口を開くより先に隣を歩くディアに答えられた。
「私、お兄ちゃんと一緒に食べたい……」
まさかそんなことを強請られるとは思っておらず、思考が一瞬止まる。身長差的に上目づかいなのは仕方ないにしても、頼み方があざとい以外の何でもなくて答えに窮してしまう。可愛すぎるのも困りものだ。
「そうね。今日は兄妹水入らず、仲良く食事でもしてきなさい」
「ありがとうございます。では」
エーファ様だけでなく、一緒にいたメアまでも手を振ってくるので遠慮なくディアと食事をとることにした。
横を歩くディアはご機嫌な足取りである。
「そんなに嬉しいか」
「うん。お兄ちゃんと一緒にご飯食べるのすっごく久しぶりだもん!」
「そうか」
道行く者が、ディアを視界に入れると話しかけようと近くに寄ってくる。そんな輩も、俺を見るやすぐさま足を止め、素知らぬふりをしている。笑止千万。
そんな俗物などに妹との接触を許すほど俺は甘くない。
「お兄ちゃんはいつも何を食べているの?」
「俺か? ……パスタ」
「そういえば好きだったよね、パスタ。トマトベースの、確か……ペス、ペスレ」
「ペスカトーレ」
俺の好物を記憶していることに驚きを隠せない。誰にも好きと明言したことはなかったはずだから、余計に。
ペスカトーレというのは魚介類を惜しげもなく使ったトマトベースのパスタである。前世から好きだった。何故好きになったかは曖昧だが、前世の俺は何度も食べるほど好きだったことは覚えている。そんなに好きな料理と同じものがこの世界にもあって驚喜したのは記憶にも新しい。
「そうそれ! ここにもあるの?」
「あるが、俺はここのは好いていない」
「じゃあ、自分で作ってるの?」
「そんなとこだ」
「私もいつかでいいから食べたい」
まさかここでも強請られるとは思っておらず、一驚する外ない。
「それは難しい」
「あ、そっか。そうだよね。寮の行き来はできないもんね……」
俺の言葉から真意をきちんと読み取ってくれる。この一言だけならば、拒否されたとしか思えないだろうに、その奥にある意味までしっかり理解してくれている。
やっぱりディアはいい子に育った。地獄のようなあの劣悪な環境を生きるという選択肢を選ばせずにすんでよかった。あんな環境でも真っすぐな目をしていたけれど、今はより磨きがかかり生き生きとしている。兄としてこんなに喜ばしいことはない。
「お兄ちゃん、それ一口ちょうだい? 私のもあげるよ」
「ほら」
「……うん! 美味しいね」
「そうだな」
結局俺はボロネーゼを、ディアはカルボナーラを頼んだ。兄妹らしく一口ずつ交換もした。どちらも美味しかったし、会話も楽しかった。
周りの視線も蔑むような悪意から嫉妬と困惑などが入り乱れた面白いものになっていた。
久々に一方的な悪意から逃れられた。嫉妬などは気にならないのだから、今度からそっちの感情でいてほしい。だが、それも心地のいいものではないので、さっさと止めてもらいたいのも本音なのだ。
「美味しかった」
「そうだな」
「ねえ、お兄ちゃん」
「何だ?」
「あの、こんなことを聞くのは無粋なのかもしれないけど……」
珍しくディアが視線をそらし、歯切れの悪い話し方をする。勿体ぶられても思い当たる節はないので催促する。
「何だ?」
「お兄ちゃんはメア様のこと……好きなの?」
「……は?」
その言葉の意味を理解するのに10秒はかかった。
俺がメアを好きかどうかって。何で今その話が出てくる。抑々、何故そんな解釈になったんだ。
「いや。何でもない。やっぱり無粋だったね。兄の色恋に茶々を入れるなんて……! ごめんなさい!」
それだけを言い残すとすぐにディアは勢いに任せて立ち去って行った。逃げ足は速く、すぐさま食堂を出るとどこかに行ってしまった。
残されたのは意味の分かっていない俺だけだ。周りも呆気に取られている。
周囲が皆呆気に取られているのをいいことに俺はそそくさと退散した。




