真名
「聞いてもいいかな」
俺が落ち着いてきたころ、メア様は問いかける。俺を腕の中に抱きしめたまま。
「君の本当の名前は?」
「……」
「あ、教えたくないならいいんだよ。前世だもんね」
黙りこくったからか慌てて弁明するメア様。俺が黙ったのは、俺に前世の個人に関する情報を覚えていないからに他ならない。
「いや、そういうことではないんだ。俺は前世での自分の名前がわからない。個人に関することは靄がかかったように思い出せないだけだ」
「そっか。そうなんだね」
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「君は君であって前世での君が知っているリヒトとは違うんだよね。だったらリヒト以外の呼称で呼んだ方が違うって自覚出来て安心できないかなって」
メア様は優しい。そんなこと思いもしなかった。俺はリヒトでしかないと思っていたし、リヒトだからと諦めたこともなかったわけではない。
でも俺とリヒトは違うとはっきり明文化して差分をつけようとしてくれている。
「ありがとう。その気持ちで十分だ」
メア様の顔を見上げ礼を言うと彼は顔を赤くして身悶えている。
どうしたのだろうか。
「……リーって呼んでもいいかな」
あだ名か。悪い気はしない。
一国の王子にあだ名で呼ばれるとは俺も偉くなったもんだな。
「構わない。俺もメアと呼んでもいいか?」
「うん、いいよ」
あっさりと了承してくれた。
今まで王子を呼び捨てで呼ぶことに一種の罪悪感があったので、それが解消されたのは僥倖だった。許可が出たとはいえ罪悪感が完全にないわけではないが。
そこで何かを思い出したのか、メアは申し訳なさそうにこちらを見てくる。
「あ、リーって言葉には影って意味もあったんだ……」
「大丈夫だ。それにしてもリヒトは光なのにリーは影って、不思議だな」
また赤くなった。
メアの表情が崩れるところなんて見たことがなかった。新鮮で貴重で面白い。
「ふふ」
思わず笑みが漏れてしまう。
「よかった。少しは回復してきたみたいだね」
「ところで何でずっと俺はメアの腕の中なんだ?」
「え、その方がいいかなって思ったんだけど……。嫌だった?」
そっと腕を外される。負担のないようにまた壁にもたれるように解放された。
解放されたのはいいが、その方がいいって何でだ。気が動転しているならまだしも、今は落ち着きを取り戻して笑えるところまで回復したんだぞ。
「嫌とかではないが、話しにくい」
「そっか、うん。そうだよね。僕もリーとちゃんと話したい」
「そうだな」




