心地いい寝覚め
うっすらとした明るさが瞼を通してわかる。
体がいつになく軽く、調子がいい。寝起きだが、だるさもない。
「リヒト!」
「お兄ちゃん!」
ゆっくりと目を開けると眼前にエーファ様とディアの顔がある。
何故という疑問とともに夢なのかもしれないと思ってしまう。それほどまでに体の調子は良い上に、ここにいるはずのないディアもいる。
「ディア、久しいな。何故、ここにいる」
「お兄ちゃん……」
抱きつかれ、泣かれてしまった。
俺、何かしただろうか。夢だからなのか。
「リヒト、おはよう」
「エーファ様、おはようございます」
抱きつかれたまま、エーファ様の方を向き起床の挨拶をする。
気分がいい。珍しく表情もいつもより動いている気がする。といっても全く動かない顔から、目と口を動かして軽い笑みを見せるくらいだが、これが自然とできる。
「リヒトってそんなに優しい顔もできたんだね……」
「何故、メア、も……?」
敬称が付けられそうで付けられなくて、言い淀んでしまった。
夢なら言えてもおかしくないのに。まさかこれが現実だなんて言う人は誰もいまい。こんなに気分も調子も何もかもが好調なのはこの学校に来てから久しいのだ。夢でないなら、何が俺の不調を軽減させたのか。
「それはこっちのセリフだよ」
「というかここは何処だ……?」
「僕の話を聞いてくれよ。君は倒れたの、そして僕が医療棟には運び込んだ。その後、君の様子がおかしくなって、君の妹が魔法で収めてくれた。これが事の顛末」
「俺は……」
眠る前の記憶を反芻する。確か、売店に買い物をしに行った後、メア様に絡まれた。そこで記憶は途絶えている。なんだか無性にイラついていた気がするも、今は少しもそんな風には思わない。
徐に俺に抱きつくのを止めたかと思うと、正面から覗き込まれる。
「お兄ちゃん、あのもやもや何なの?」
「靄?」
「真っ黒い霧がお兄ちゃんの周りを囲ってて。ここに来た時お兄ちゃんの顔、全然見えなくて……」
真っ黒な靄、霧。記憶を遡る。
あ、そういえばゲームのリヒトは敵と一緒にいる時のスチル絵に真っ黒い靄が背景に描かれていた。確か、巫女はそれを見て“悪意の影”と言っていたような。しかしそれ以降は思い出せないし、そもそもゲーム内で言及していたかさえ怪しい。
「何か気付いたでしょう。教えて」
「そうだよ、お兄ちゃん。私にも教えて。私ね、すごく吃驚して、怖かったんだよ」
エーファ様のみならず、ディアにまでそう迫られると夢見心地な気分の俺は拒否できない。素直に答えるのが賢明だろう。
「俺の記憶ではないが、“悪意の影”というらしい。それ以外は何も知らん」
「悪意の影……。私は知りませんわ」
エーファ様には前世の記憶で知りえたものだと伝わるよう先に言っておく。そうすればこの世界で知りえない知識だから、無駄に詮索されることもない。
「ねえ、リヒト。本当に何も知らないの?」
「……知らん。記憶を辿ったが、何処で知り得たかもわからない」
怒っているように見えるのは気のせいか。もし事実そうであれば、何故怒っているのかは皆目見当もつかない。触らぬ神に祟りなし。沈黙してやり過ごす。
「そう。もう僕らに言わないのはなしだからね」
「は?」
「そうよ。貴方、夕食を食べていない上に睡眠も足りていないそうね。どう説明するつもりなのかしら?」
やり過ごせなかった。怖い笑みとともにメア様はそう言い、俺は素っ頓狂な声を上げるしかない。加えてエーファ様まで怒っている。
それに夕食と睡眠。聞きたくない単語が出てきた。
ここが医療棟、つまりは保健室ということは保険医が診断を下したのだろう。言い逃れることは無理に等しい。
「……」
「えっと、お兄ちゃんは晩御飯食べてないの? それに寝れてないの?」
ディアが凄く心配げに見てくる。罪悪感が半端ない。
俺がそう判断してとった行動なのに、外因的に食べられていない、寝られていないと信じて疑っていないような声音。
執事修行の時にディアに散々、体が全ての資本だと何度も言ってたせいだろう。言い出した本人が体調を崩すなんて面目ない。
純粋無垢なディアに問われてはすべてを自然と語ってしまう。不思議なものだ。
「夕食は必要ないかと。お腹も空きませんでしたし、食欲もなかったので。睡眠は元々不眠症気味だったんですよ。それが少し出てきただけです」
「食欲がないは百歩譲るとしてお腹は空くはずだわ。空腹はどうしていたの?」
「そこまで空腹ではなかったですし、紅茶を入れたかったのでそれを」
呆れてものも言えないようだ。仕方ないじゃないか、本当に食欲はなかったし、空腹もそこまで感じなかったのだから。
「では不眠症は? 屋敷にいた間、一度もそんなこと聞いたことないわ」
「きちんと発症している病気ではなかったですし、取り立てて言う程ひどいわけでもなかったので」
「貴方……。使用人の健康管理は主の務めでもあるのよ」
行き場のない怒りと呆れと嘆かわしさの入り混じる声音で言われ、段々と申し訳なくなってくる。
あの頃は必死だった。言い訳でしかないが、自分のことはどうにも無頓着で程々にどうでもよかったのも本心なのだ。
「すみません……。俺はそこまでって思ってたんですけど」
「そんな顔をされたら、何も言えないじゃない。こういう時だけずるいわよ」
拗ねながら言われてしまう。
そんな顔とはどんな顔ぞや。顔に手を当てる。信じられない。犬系の申し訳なさそうな顔になっている。多少の変化だが、いつもと違いすぎてなんか気持ち悪い。
何でこのタイミングで表情が緩むんだよ。
気まずくなってそっぽを向くとメア様と目が合ってしまった。
そろそろびーえる要素入れていきたい。。。とは思ってます()




