死ぬかと思った
異変に気付いたのはそれから一刻半ほどたった時分だった。皆が寝静まったあとである。
何やら妙に静かなのだ。
俺たちの寝床は町の近くにある森にある小屋。街人らの善意で建てられたものだが、その周りには野生の動物がいるはずであったし、下手したら魔物さえ出る区域である。善意ついでに小屋には結界が張られているので、そこら辺は安心なのだが、どうにも周囲が静かすぎる。うるさいのであれば、獣らが跋扈しているだけなので心配することもないのだが。
『大地の精に問う。汝の目に映るは何か、我に示せ』
最近読んだ本で覚えた“索敵魔法”を使ってここら一帯を探る。
「これは……。夜盗か?!」
いくら事なかれ主義とは雖も、危険に対してはそうも言ってはいられない。慌てて自分の荷物に手を伸ばす。その中から一冊の本と筆記用具一式を手に取ると目的のページまで読み進める。
「あった。えっと……。これがこうして……」
手元にある紙に走り書きだが、魔法陣を組む。そして自身の指を噛むとそこから浮かんだ血をその陣の真ん中に押し当て、詠唱をする。
『我の血を以て命ず。闇よ我らを包み隠せ』
この小屋を闇に溶け込まる。これで相手の索敵にも引っかからなくなるはずだ。
しばらく探知するとその夜盗の狙いはこちらではないことが窺えた。
「まさかこいつら、街を襲う気なのか?!」
「お兄ちゃん? どうしたの? 寝ないの?」
眠いのか目をこすりつつ、ふわふわとした口調で語りかけられる。どうやら妹を起こしてしまったみたいだ。そこまで大きい声を出したわけではないので、起きたのはディアだけのよう。
「お前は寝てろ」
「……何かあったの?」
不機嫌さを隠しもせずに答えるとさすがに堪えたのか下を向いてしまう。だが、いつもと俺の様子が違うと感じたからなのか、普段なら聞き返さないところだったが訊いてくる。
「何でもない」
「……外に何かあるの?」
最近は俺の感情の機微にも鋭くなったようでこうして言い当ててくることもあるが、今回はうざったいことこの上ない。ただでさえ面倒なことになっているのに、これ以上の面倒事は御免だ。
無言は肯定と捉えるのが妹であった。並べて置かれた二段ベットで扉に近いのは妹の方である。不意に飛び出すとそっとだが強引に扉を開けた。そして辺りを窺うように見やる。
と同時に俺の手元にあった紙が灰になって消える。魔法陣が灰になるのは効果がなくなったときや術を破棄した際に起こる現象。つまりはこの小屋を一つの対象としていた魔法が、扉をあけられてことで魔法を使用した際の対象と差異ができ、消滅してしまったのだ。
「ちっ。面倒なことになった」
「ご、ごめんなさい」
舌打ちが静かな部屋に響く。その音を聞いて、ディアは謝罪とともに慌ててこちらに戻ってくる。顔面蒼白だ。だが、気にしている余裕はない。
「死にたくないならついてこい」
返事も待たずに小屋から出る。ディアも俺の後ろをちゃんとついてきているようだ。
「お兄ちゃん、その……。今から何するの?」
「一先ず結界を張っておく」
結界という言葉に目を見開いて驚いているディア。それもそのはず、魔法を使えるのは大勢存在するし、それに身分の差は関係ないが、教わらなければ使えるものも使えない。自分のような浮浪児ができる魔法なんて限られている、そう言いたいのだろう。と思っていたのだが、妹の順応性は高かった。
「私にできることはある?」
「地面に字を書くための枝を持ってこい」
俺は俺で自分とディアに認識阻害魔法をかける。
『汝等の光を奪い給え』
俺とディアの周りに紫がかった粉が少しだけ舞う。
これが魔法がかかった証拠なのか。
さっきかけたときは対象が広かったのと中にいたのとで見られなかったのだろうと推測しておく。
「お兄ちゃん、これで大丈夫?」
「あぁ、十分だ」
思案していると頼んでいた枝が差し出される。太さも長さもちょうどいい枝である。
腰に備え付けているナイフを取り出すと自分の手のひらにに刃を向ける。滴る血がその枝の先に満遍なく行きわたるようにする。
「お兄ちゃん?! 血が出てるよ」
「そりゃあ、切ったからな」
驚き慌てる妹はポケットからハンカチを取り出すと丁寧に手に巻き始める。文句もないのでされるがまま。片手間で枝に魔法をかける。
『我の望みを聞き給え』
枝に粉が舞う。今度は濃い目の紫色。
ディアの手当ても終わったので、地面に魔法陣を描いていく。
『我らが家を隠し、守れ』
これで結界魔法と認識阻害魔法をかけられたはず。
ディアの手を無造作に掴むと引きずるように歩き、森の中から街へと向かう。
俺の歩幅についていけないのかディアは息も絶え絶えである。
「お兄ちゃん、何が、あったの?」
「夜盗が来たんだよ、この街に」
「お兄ちゃん、は、退治、するつもり、なの?」
「しなきゃ俺に危害が及ぶ」
俺の夜盗退治は自分の安息のため。それ以上でもそれ以下でもない。やらなければやられるだけだ。
森を抜けると、その先は阿鼻叫喚だった。
夜盗が街の人々を襲い、家を壊し、物を壊し、殴る、蹴る、盗む。まさに地獄絵図。
「い、や……。何で……」
涙を浮かべ、吐き気を抑えているのか口に手を当てて嗚咽を漏らす妹。
「黙れ。気付かれる」
「お兄ちゃん、助けて」
縋るような目。別に俺としてはどちらでもよかった。ただふと助ける選択をしなければならないということが頭によぎった。俺としてはただそれだけだった。
次の瞬間には走り出していた。
近くにあった椅子を敵に投げつける。相手からしてみれば誰もいないはずの場所から椅子が飛んできたのだから、慌てふためいても仕方なし。
「なんだ?!! 何で椅子が飛んできた」
椅子が当たった奴は気絶したのかのびている。その隣にいたやつが臨戦態勢になるももう遅い。
またも手近にあったさっきとは違う角度から投げつける。またもヒット。相手は気絶したはず。
「誰だ?! 隠れてないで出て来いよ! でなけりゃ、一人ずつ殺すぞ?!」
「遅いな……」
街人の髪を鷲掴みにしていた男の背後に回り、首にナイフを当てる。そのまま一気に切り裂く。返り血を浴びた街人は失神してしまったようだ。
「お前、誰だ? 紅い眼なんてここらじゃ珍しいな」
その時に街人か夜盗かは知らないが誰かに認識されたらしく、姿が顕現してしまった。
「おわっ!?」
答える義理なんてないので容赦なく反撃する。瓶が転がっていればそれを使い、食器が落ちていればそれさえも武器にする。
瞬く間に形勢は逆転した。途中で街の商人に渡された剣を夜盗のボスらしき者に差し向ける。
一瞬にしてやられていく夜盗らに嘲笑さえ浮かんでくる。
「奪う側から奪われる側になった感想はどうだ?」
「クソガキが!!」
「うるさい。喚くな」
首の辺りに差し向けていた剣を即座に腕めがけて突き出す。肉を刺す感触が手を伝う。そんなことはお構いなしにそのまま手首を捻る。そして一気に引き抜く。気色悪い感覚が手に残る。
「んんっ___!!」
ボスは自分の片腕をもう片方の手で押さえ、声にならない叫びをあげている。
「さっきまでの威勢はどうした? もう降参か」
「悪魔が……」
「黙れ」
鳩尾に一発蹴りを入れた。それだけでボスは呻くような声を出すと倒れた。
辺りを見渡せば、街人が安堵の涙を流し、口々に感謝を述べている。敵は数人死んだかもしれないが、こちらは誰も死んでないのだろう。縄で夜盗をきつく縛りあげる。
「お兄ちゃん……」
背中に強い感触があった。妹に抱きしめられている。背中が濡れていくから多分泣いているのだろう。
立ち上がろうとするそぶりを見せるとディアはすぐに離れた。
俺の裾を引く手に誘われるまま振り向く。
「お兄ちゃん、ありがとう」
涙で晴れた顔で無遠慮にそれでいて無邪気な笑顔で笑った。
「その声はディアかい? ということは……」
「リヒト、ありがとう。助かったぜ」
「ありがとう、少年」
皆一様に感謝を述べている。悪くはないが、気が滅入る。
「領主のところには?」
「それなら一人、早々に行かせたぞい。もう少ししたら衛兵を連れてきてくれるだろう」
「そうか。わかった」
一つの街が夜盗から救われた。だが、その時間も終わる。
「____死ね!」
「……かはっ……」
敵の残党の一人が一般人を装って背後にいたのだ。そしてさっきまで俺が使っていたナイフで俺を背後から刺した。即座に後ろに回し蹴りをくらわせて、相手を戦闘不能にする。
「っ……。痛ぇ……」
思いっきり刺された。背中の激痛に顔を歪める外ない。立っているのもやっとで意思に判して膝から崩れる。
本当に痛くて、何も考えられないはずなのに、何かを思い出しそうだった。こんなことで思い出すような記憶なんてないはずなのに、背中も痛いし頭も痛い。全身が痛みで力が入らない。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!! お兄ちゃん、リヒトお兄ちゃん!!」
最後に聞いたのは妹の悲痛な呼び声だった。




