お嬢様の思い
それから数日が経ち、いよいよ入学式当日。
この学校には専属の寮がある。入学式が始まる前に荷物の搬入は終わらせてきたので、今はお嬢様と校内を軽く散策している道中であった。
入学式は11時から始まり、昼休憩をはさんだ後、各教室でレクリエーションが行われる予定だ。今は10時過ぎであるから約30分の間見まわることができる。他の生徒も同様に散策をしているようだ。今の時間帯、在校生は授業中であろうから、すれ違うものは皆同級生なのであろう。
「リヒトはもうここの教室の場所を覚えたのかしら?」
「多少は事前知識として覚えましたけど、実際に来たことはないのでどこまで正しいかはわかりませんが」
「そうなのね。なら安心だわ。私はリヒトに案内してもらえるなら迷子になんてならなくてすむわね」
エーファ様は地図を読むような地理的なものに苦手な傾向があるので、安心しているのは本音だろう。この前も街に買い物に行った際に、馬車のところに戻るだけで迷いかけていた。
「俺がいなくてもエーファ様なら大丈夫ですよ。皆さんに聞けるでしょう」
「まあ、そうなのだけれど、少し恥ずかしいわ。校内で迷うなんて、こんなに広ければ仕方のないことなのだけれど」
エーファ様の言う通りここはとてつもなく広い。魔法演習場は爆発や攻撃性のある魔法も使用できるよう大きいのだ。そのため必然的に全体が広くなり、移動も時間がかかるため各授業は長めに、その間の休み時間は長く設定されているということは事前に学んでおいた。
「それに今年は第二王子もご入学されるでしょう。お父様が何というか……その……ね?」
この状況かで父親が思うこと、それは王子とワンチャンあるのでは、一択であることは理解している。お嬢様がそこまで気乗りしていないことも。
「……期待をしているのですね」
「多少のね。私たち個人間の問題だからそこまで強くは思っていないだろうけれど、チャンスはあるのでは、みたいな感じなのよね……」
「ちゃっかりしてますね。俺としては仮令、その御方がどんな家柄のお人であれ、お嬢様とお似合いかが重要なのですが」
「お父様よりリヒトのチェックの方が入念そうね」
笑われてしまった。
この二年間でお嬢様の執事としての自覚というか想いが芽生えた俺にとって、エーファ様の幸せが第一なのだ。レオン様であってもそれを侵害することは許せないという思いは本当なのでお嬢様の言っていることもあながち間違いではない。
「それに私ばかりではなく、リヒト、貴方にもいい人が見つかるかもしれないのよ」
「いえ、俺はお嬢様一筋ですから」
「そういう意味で言ったのではないわ。リヒトは私を好いてくれているけれど、それは恋情ではないでしょう。可能性がないわけではないのだから、周りに目を向けてみるいい機会かもしれないわね」
お嬢様に言い包められてしまった。
確かにエーファ様への思いは恋情ではない。この二年間でもそれは変わらなかった。だが、だからといって、俺が恋愛をするかは別問題だ。それにお嬢様に使え続けるのなら、アークさんみたいに独身を貫く方がいいだろうから、正直その手の話に興味はない。
「私としては貴方には身を固めてほしいの。貴方は私に固執している生来があるけど、それが一概にいいとは私には思えないのよ。貴方にも愛し合える大切な人ができるといいなって思うの。私のささやかな我儘よ」
俺にとって途轍もなくハードルの高い我儘です、それは。無理なものは無理でしょ。だって俺、精神年齢が今のところ20歳超えているんだよ。14歳って俺からしたら少女で庇護下なわけで、そうそう手が出せない。
「別に無理にとは言わないわ。それにリヒトは抵抗があるのかもしれないけれど、相手が同姓でもいいのよ。だから、意外と可能性は高いと思うの。それにディアナがそれを聞いたら喜ぶと思うわ」
「この世界が同性婚も可能なのは知っていますし、拒否感もないですよ。ただ実感がないだけで……。それにディアはどうも思わないですって。俺にとってはディアの方が気がかりですし」
俺が執事教育を受けている間、ディアはマナーなど貴族と遜色ない教養を学んだ。巫女として生きることを決めたのだから、様々な機会で人前に出ることは避けようがないことである。その時のためにも教養は大事であった。
そんなディアはベイリー家で雇ってもらった教師にこの学校で学ぶことと同レベルのことも事前に学習している。何故なら、今話題に出てきた第二王子が厄災を対処するメンバーのリーダーだからである。その彼の学年に合わせて、ディアは飛び級ができない代わりに先に学んでいたのだ。
身内贔屓をなくしてもディアはよく頑張っていると思う。俺よりかは勉強面では学ぶことはなかったものの、魔法などの実践は先を求められたのだから。それでも音を上げずに努力しているのだから、俺は兄として誇らしい。
「こういうのをシスコンというのだろうね」
「そんなんじゃありませんから。俺はただ心配なだけです」
最近は口調も安定してきた。日々の特訓の成果は報われたものの、気を付けなければすぐに化けの皮が剥がれるように出てしまうので気は抜けないのが難儀だ。
表情も多少は緩和されただろうが、あまり人とは目を合わせたくはないので片目が軽く隠れるように前髪を伸ばした。ついでに後ろ髪も伸ばしたので今は一つにくくっている。
そんな感じで散策をしていると15分前の鐘が鳴った。鐘を鳴らしてくれるので有難い。この鐘はこの時の為ではなく、授業の終了の為のものだが。確か、二時間目の終了の合図だったはず。
「鐘が鳴りましたね。では、講堂へ向かいましょうか」
「そうね。では、エスコートしてくださる?」
「ええ、勿論」