9 少女の想いを見逃す
「獣人族と人間の友好に乾杯!」
ところ変わって、場所は町外れの酒場、そこには元奴隷商と獣人族の戦士たちの面々がそろっていた。彼らは心地よく泥酔しており、種族をまたいで歓談を楽しんでいる。
その他にも一部の住民が参加しており、広い酒場とはいえ間を通るのもはばかられるほどに混み合っている。
「いや、獣人族は恐ろしいと聞いていましたが、とんでもない! とても楽しい方々ですな」
「こちらこそ、こうして人間とともに楽しく酒を呑める日が来るとは思いませなんだ」
初めは互いにこわばりもあったものの、イエスの呼びかけや元奴隷商の長と族長のソールの積極的な交流もあり、次第にわだかまりは解けていった。
そして、こうして宴会をするまでに至ったということである。しかし、宴会が開かれたのにはまた別の理由があることを、会場の全員は知っていた。
「これはラムザ殿、こちらにおられましたか」
獣人族の長、ソールは数人の人間と獣人に囲まれた元奴隷商の長を務めていた男、ラムザに声をかけ
る。
「これは申し訳ございません、ソール様。少し話が盛り上がってしまいまして」
「いや、かまわぬ。それよりもそなたには改めて礼を言わねばなと思っておったのだ」
ソールはそう言うと、酒場には不相応なほどに丁寧な立ち礼を送る。
「滅相もないことです。お顔をお上げください」
「しかし、我々がこうして大した責めも負わずに済んだのもそなたらの嘆願があってこそ。獣人族凡ての
民にかわり、御礼申し上げる」
あの後、ソールたち獣人族の戦士は騎士団に身柄を拘束された。誰も抵抗することもなくお縄にかかったため、全員が逮捕された。このマキミリア王国において、集団での暴動は極刑にもなり得る重罪であ
る。全員が死刑になることもあり得る話であった。
しかしそうはならなかった。それは、イエスが、騎士団へソールたちの放免を嘆願したためである。それに合わせ、直接的な被害者である奴隷商たちも被害の訴えを出さなかった。
結果、ソール率いる獣人族は町の修繕のための賠償金を支払うのみの責めで済んだのだった。
「我々はもはや友人ですので当然のことでしょう。それよりも、共にイエス様へお礼をお伝えてしたく思います」
「……そうであった。儂もそなたも、あの者に世話になった身であるからのう」
ソールは赤茶色のあごひげを撫で、そう言った。
「えぇ、もう傷はほぼ治ったのでお越しになると聞きましたが」
「うむ、しかしあれほどの傷、一生かかっても完治するか分からぬほどであった。果たして真かどうか……」
「イエス様が来たぞ!」
後ろから、そのような言葉が明朗とした調子の声で響く。
二人はとっさに振り向き、酒場の階段の方を見る。
「よぉ、オメェら! 元気してたか!」
イエスは手を振りながら、宿のある二階から酒場の一階へ降りてくる。
ソールとラムザは驚いた。階段を降りてくるイエスがまさに健康そのものであったからだ。あのときの惨状を考えればミイラ男のような姿であるのが妥当であるというのに、そのような様子は一切見せない。
醜く飛び出ていた眼球は元の生気を取り戻して収まり、複雑骨折していた鼻はすらりと経っている。折
れた骨がささっていた頬はあばたひとつすらない。
「先生! 久しぶりじゃないか!」
「おう、リーバ! たかだか三日だが、案外長いもんだな」
「イエス、町中がお前の噂で持ちきりだぞ、町の英雄だってな」
「そいつァ小っ恥ずかしい話だ、ゲド! だが、これを期にもっと多くの奴らに教えを広めるぜ」
「師よ、今日は倅を連れてきました。どうか頭を撫でていただけませんか?」
「へぇ、カラの息子か、……よしよし、父ちゃんと仲良く暮らせよ」
「イエス様! 俺らの席に来てくれ!」
「救世主の健在に乾杯!」
「イエスに乾杯!」
酒場中からはイエスを呼ぶ声が絶え間なく続く。それらをイエスは邪険にすることなく、一つ一つ相手にしていく。
今回の宴会は、イエスの快復祝いという側面があった。皆、イエスのことを心配していたのだろう。イエスの元気な姿を見て一同は自分のことのように喜んでいた。
「おっ、ソールにラムザじゃねぇか。会いたかったぜ」
イエスは二人の姿を見つけると、人混みをかき分けて二人の元にたどり着く。
「キリストよ。体は大事ないのか?」
「この通り絶好調だぜ!」
「ならば良いのだが……」
「イエス様、よろしいでしょうか」
ラムザはイエスの方を向く。
「……奴隷商の頃の酷い仕打ちは真に申し訳なく思っております。だというのに私どものことを助けてくださって……」
「良いんだよ、そんなのは。それよりも、俺がオメェにしたことを他の奴にしてやってくれ」
イエスのその言葉に、ラムザは深く頷いた。
「しかし、お元気そうで何よりでございます。お加減はよろしいですか?」
「心配すんなって。ほら、二人とも呑めや」
イエスは空いていた二人のグラスに酒を注ぐ。
「こ、これは失礼を、イエス様。私も注がせていただきます」
「ヘヘ、ありがとな」
イエスはわざとらしく頭の後ろに手をやり、酌をされる。
どうやら無理をして公然の場に出たわけではなさそうだ。ソールは安心し、グラスに口をつける。うまい、人間の酒も悪くない。
つい三日前の自分に言ってやりたい。お前は人間たちと楽しく宴会をすることになると。そう
したらどう思うだろうか。ソールはひとりでにおかしくなる。
「キリストよ。改めて礼を言うぞ」
ソールはグラスをイエスへ向ける。イエスもそれに応じ、グラスを鳴らす。
「……思えば儂はやれ獣人だ、やれ人間だのと下らぬしがらみにがんじがらめにされておった。そなたのおかげで……、すっきりした」
「なら良かったぜ。思い悩む人生なんてつまんねぇ」
イエスは曇りのない笑顔を見せた。
「ちょっと……、ちょっとどいて……」
「ん? どこからか声が」
「やっと追いついた! ねぇイエス! 皆、サンに気付かないんだよ? ひどくない!?」
そうしていると、住民たちの間からむりむりと族長の娘、サンが飛び出てきた。
イエスはふくれっ面のサンの顔を撫でてなだめると、サンは耳をぴこぴこと動かす。
「サン!? なぜここに!」
ソールは驚きの余り、グラスの酒を少しテーブルにこぼす。
「え? サンはここでイエスのお世話をしてあげてたんだよ? ごはん運んであげたりぃ、服を着せ替えしてあげたり! でもイエスったらすぐ治っちゃうの。もっと看病したかったのに!」
「何!? 看病だと!?」
「うん。イエスはサンのきゅーせーしゅだもん!」
サンはイエスの腕にぎゅっとしがみつく。
「サンが奴隷のおじちゃんにいじめられそうになったときも助けてくれたし、『パパに会わせてやる』って言って檻から出してくれたのよ!」
「さような話は良い! 偶にどこかへ出かけていたのは知っていたが、まさかここで看病をしていたとは……」
「あ? もしかして知らなかったのか? そいつは悪かったなァ、てっきり知ってるとばっかり」
「いや、そなたは悪くないが……」
ソールは怪訝な顔でサンを見下ろす。
「……大人になったのだな。お前が人の看病をするなどとは」
「な、なによ、パパ」
サンは気まずそうに問い返す。
「里ではいつもケンカばかりして、何度諫めようとも言うことを聞いてくれぬお転婆だったお前が、人の
ために毎日世話をするとな……」
「は?」
「待って!? パパ、言わないで!」
目頭を熱くして話すソールの言葉を、サンは必死に覆い隠そうとする。
「この前などは肥だめに友達を落として……」
「わー!? わー!?」
サンはイエスに話が聞かれないように大声を出してごまかそうとする。しかし、イエスの腹ほどの身長しかないサンの声は、イエスの耳を塞ぎきることはできなかった。
「サン……。オメェ、前はヤンチャしてたんだな」
「ち、違うのよ? イエス、ほら、里の子たちは皆子供だから合せてあげてたっていうか……」
「偉いじゃねぇか!」
イエスは膝を地面に落としてサンをあつく抱擁する。サンは顔を真っ赤にし、固まってしまう。
「オメェはまだこんな小せぇってのに、悔い改めて人を慈しむことができるようになったんだな! 中々できることじゃねぇぜ!」
「だ、ダメよ、イエス? みんな、皆に見られちゃう……」
サンは緊張と興奮で訳も分からなくなり、ぼそぼそとうわごとを口走る。
「娘のことも良くしてもらったようで、かたじけない。キリスト」
「こっちだってサンには世話ンなった。感謝するぜ」
少女の淡い気持ちを大人たちはまるで知らず、酒を酌み交わし合った。
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