6 獣人の襲撃
「つまり、だ。天の国の門は狭いからでけぇ顔してる奴は引っかかっては入れねぇって訳さ!」
メレグの町の小さな広場、イエスは聴衆と輪になって酒を飲みながら談笑をしていた。
「ハハハ、それは違いない!」
「イエスさん、俺、顔でかいんスけど通れますかね?」
「バカ! ものの例えだよ!」
昼前だというのに、この説法もどきの宴会には多くの人々が参加していた。皆はイエスの話を聞き、時に笑い、時に小難しい顔をして考えていた。
貧民街での説法から数日がたった。その後にイエスの奇跡の噂は町中に広がり、イエスの周りには大勢の人だかりができていた。その多くは貧民街の住民であったが、一部商人や一般市民の姿が見られた。
「イエス様、お久しぶりにございます」
商人の男がイエスの席に訪れ、頭を下げる。
「おっ、饅頭屋の店主じゃねぇか!」
「イエス様のお話をお聞きし、是非とも私も教えに従いたく、僭越ながらお裾分けの饅頭をお持ちしたのですが……」
そう言って、店主は籠に入った饅頭をイエスに差し出した。
「ひぃ、ふぅ、みぃ。あー……、イエスさん、この数じゃあ全然足りないですね」
イエスの隣に腰掛けた男が言う。
「えぇ、ここまで大勢の方がいらっしゃるとは知らず、大変申し訳ありません……」
「いや、充分すぎるくらいの施しだ。ありがとな」
イエスは一礼して籠を受け取り、天に掲げた。
彼の突飛な行動に、町民たちは興味深く関心を注ぐ。
「この中に饅頭がある! 順に回すから一個ずつとれ!」
イエスのその言葉に従い、参加者は順々と籠を回して受けとる。参加者は一人一個饅頭を取り、隣の席に回す。途中で足りなくなるはずだ、そう思いながら店主は様子をうかがっていた。
しかし、本来あった数を越えてもまだ受け渡しは続いた。ついには籠が一周し、イエスの元に戻る。店主は全員の様子を見るが、皆に饅頭が行き渡ったようであった
「ほら、オメェも食えよ」
イエスは饅頭を一個取り、籠を渡す。
店主はその中に手を入れた。その中には、初めの時と同じ数の饅頭が入ったままであった。
あり得ない、店主は錯乱した。この中に饅頭があるとしたら、一体彼らが取ったあれは何だというのか。籠の中を饅頭に手を触れるが、確かな温かさと質感があった。
「こんな、ことが……!」
「せっかくのもらい物だったからよ、皆に食わせてやれて良かったぜ!」
そう言うとイエスは饅頭にかぶりつき、ハフハフと食べる。その口からは湯気がモウモウとあふれ出ていた。
たぐいまれな異能者のせわしない様子を無性におもしろく思い、店主は破顔した。
この世界において、傷を治癒する力や食べ物を増やす力などは珍しいものではない。貴族やエルフ族などの限られた存在のみに限られるとは言え、実際に魔法を扱える者はいるからだ。
しかし、そういった者たちの中で、イエスの様に貧者のために力を使う者はいない。傷の手当てをする者も、食物を配る者もいない。民衆からの高い評価はそういった事情によるものだった。
イエスの説法を正しく理解できている者は未だ少ない。しかし、イエス自身を慕う者は少なからずいた。
「イエス! ここにいたんですか!」
そんな時、突如ベルナデットが騎馬のままイエスたちの集まりに入ってきた。
イエスは不審に思った。彼女はどうしてか、町中であるというのに全身を武装している。その上、今までに無くうろたえた様子であった。
住民たちはこちらに突進してくる騎馬に酔いが醒め、慌てて道を空ける。
「おいおい、危ねぇだろ」
「そうこう言っている場合じゃありません! 獣人族の群れが町に来たんです!」
「そりゃあ結構なことじゃねぇか。ためしに俺も会いに行ってみるとするか」
「違いますよ! 獣人族が人間の町に入るのは犯罪です。襲撃されているんですよ! 直ちに避難してください!」
「何!?」
イエスは耳を澄ませる。今までは飲み会で気づけなかったが、確かに今日の町はいつもよりさわがしい。いや、それどころではない、そのさわがしさの中にいくつか悲鳴のようなものが聞こえる。強い恐れを帯びた悲鳴、苦しみの悲鳴だ。
「理由は知りませんが、獣人族が徒党を組んで町に侵攻してきてるんです。今は警備兵と騎士団で抑えてますが、いつまで持つかは分かりません!」
ベルナデットの言葉を理解すると、町民たちはちりぢりになって逃げ出す。
「じゅ、獣人族の襲撃だって!?」
「ころさっ、殺される!」
獣人族、この国に住む者はその種族の恐ろしさを存分に知っていた。人間をはるかに凌ぐ身体能力を持ち、獣じみた鋭い感覚を持つ。その上、族長の絶対的な権威によって軍団は完璧に統率されている。
かつて、このマキミリア王国が獣人族の里を侵略した際もその力によって多くの犠牲を強いらされた。そのトラウマを未だに抱く兵士も少なくない。
そんな種族が町を襲撃している。その脅威を実感できていなかったのはイエスだけであった。
「さぁ、貴方も早く逃げてください」
ベルナデットはイエスに呼びかける。
「オメェはどうするんだ、ベルナデット」
「無論、騎士として奴らと戦います!」
「……行くな」
イエスは少しの思案の末、そう言った。
「フフっ。行くな、ですか」
「そうだ、行くんじゃねぇ」
「どうしても。ですか」
「あァ、どうしてもだ」
「大丈夫ですよ。私、こう見えて『歴戦の猛者』って奴ですから。……でも、心配してくれてありがとうございます。何か、元気出ました」
ベルナデットは目を細めてはにかんだ。行くな、この短い言葉にどれ程の優しさが籠もっているだろうか。騎士の役目を知らないイエスだからこその発言だろうが、それでも身を案じてくれるのは嬉しい。
「ベルナデット……」
「イエス、どうかご無事で」
「訳分かんねぇこと言ってんじゃねぇぞ!? さっさと馬から下りろ!」
イエスは力の限り飛び上がり、馬上のベルナデットの顔へ頭突きをかました。
ベルナデットは訳も分からず、鼻血を出しながら無様に落馬する。
イエスは主を失った馬に乗り、手綱を握る。初めは見知らぬ男に戸惑っていた馬だったが、次第に敬虔な信徒のように従順な姿勢を見せた。
「何でもかんでも殺し合いで決めるんじゃねぇ! この問題、俺が引き受ける!」
「ちょっと!どこに行くって言うんですか!」
「心当たりがある! 良いか、誰も殺すんじゃねぇぞ!」
イエスはそう言い残し、馬を走らせた。たしか、あの時の子供の奴隷の耳は……。
ベルナデットは鼻を押さえながら呆然と立ち尽くす。……涙が出てきた。鼻をぶつけたせいで。
__________
______
___
「死ねぇい! このクソ人間共!」
硬い毛に覆われた体、人のそれとはまったく異なる犬のような耳、獣人族の男が騎士の頭を棍棒で叩き潰す。強靱な鎧兜の恩恵を受け、落命は免れるが次々と戦士たちが倒されていく。
この町の戦士たちが賢明に維持していた戦線はもはや崩壊しかけ、敵の侵入を許しつつあった。
「族長、逃げる住民共はどうなさりますか?」
「放っておけ。今回、奴らには用はない」
「はっ」
「しかし、奴隷商どもは一人として逃さず殺す。そのことは忘れるでないぞ」
獣人族の戦士たちの中でひときわ雄大な肉体を持つ男が側近に対してそう答えた。男の名はソール、この獣人族を統べる族長であった。
「待っておれ、サン。必ず父がお前を助けに行くぞ」
獣人族が騎士たちをなぎ倒しながら向かうその先はサーカスのテントにも似た建物、奴隷小屋であった。
【大切なお願い】
もしよければ、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけるとありがたいです!
そうすることによって、この小説は多くの方に読まれるようになり、最終的にローマ教皇の元に届いて私が破門されます!
どうかよろしくお願いします!




