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4 病の子供を癒やす

 馬に乗せられてからしばらく街道を進むと、周囲を石壁に囲まれた『メルグ』の町が見えてきた。近づくごとに、その町の大きさと堅牢さが明らかになってくる。


 門に立っている衛兵たちは向かってくる者が騎士であることを確認すると、一礼し門を開けて通してくれた。


「おいおいおい! 何なんだこの町は!」

「また文句ですか?」

「いや、すげぇ! こんなに発展した町は見たことがねぇぞ!」


 イエスは馬から飛び降り、町の中心部へ走る。石組みで作られたメルグの町は、イエスの故郷であったガリラヤはもちろんのこと、エルサレムさえも越える活気があった。


それだけではない。周囲の建物は民家とは思えないほどしっかりと作られており、人々の服もイエスの着ている無地の服と比べてずっと複雑で美麗な構造をしている。


まるで未来に来てしまったようだ。イエスは素朴な喜びを覚えていた。


「ふふふ、貴方が嬉しそうにしていて良かったです。余計な仕事が無くなりますからね」


 繋ぎ場に馬を置いてきたベルナデットがようやく追いつくと、皮肉っぽい笑みを浮かべる。


「ベルナデット! あっちは何だ、めっぽう人が集まってるぜ!」

「そっちは露天市ですが……」

「よっしゃぁ! 行くぞ!」

「走らないでも逃げませんよ!」


 ベルナデットは、年甲斐もなく駆け出したイエスを追いかけ、露天市へと向かった。


__________

______

___



 昼過ぎの露天市は、気安く立ち止まれないほどに人であふれていた。人々の発する汗とほこりの匂いを、露天から燻るいかがわしげな煙がかき消す。


「どえらい人の賑わいだぜ……! ベルナデット! あの店で売ってる物はなんだ?」


 イエスは道に沿って並ぶ露店のひとつを指さす。


「あれは各地の果物を加工して作ったジャムを売るお店ですよ」

「ジャム!? ジャムっつったら貴族(ボンボン)の食う物じゃねぇか!」

「いや、普通に誰でも食べますよ? 私だって朝はパンと食べますし」

「あっちの草ばっかり並べてんのは何なんだ!?」

「あれは薬草売りの店で……」

「あれはっ!?」

「あれは交易品の……、ってもう大人しくしてください!」


 ひっきりなしに露天市を回るイエスに、ベルナデットは声を荒げた。


「仕方ねぇだろ、こんな見たことねぇ物がいっぱいあるところに来ちまったんだ。ワクワクするだろうが!」

「あのねぇ、神の子だったらもう少し神妙にしていたらどうですか!」

「バカ、神の子だからこそじゃねぇか!」


 ベルナデットが目を丸くしている中、イエスは言葉をたたみかける。


「いいか? 人間ってのは皆、主なる(オヤジ)の子供たちなんだぜ。兄弟が楽しくやってるんだったら、混ざってはしゃぐのは当たり前だろ!」

「……良くもまぁ、都合の良い言葉がベラベラ出るものですね」


 ベルナデットは歯を出して笑うイエスにそっぽを向いた。さっきの件もそうだが、この男は兎にも角にも押しがすごい。常に全力で取り組んでこられるのだから、疲れると言ったらありはしない。話しているだけで首がこってくる。


 ベルナデットは仕方なさげに自分の首元を揉んだ。


「それに、ここは賑わってはいますが、あまり良いところではないですよ? ぼったくりも多いし、食べ物だって何が混ざっているか分かった物じゃあ……」


 そう言ってベルナデットが改めてイエスの方を見るが、そこに彼の姿はなかった。


「頼む! この魚一尾とオメェの店の物と交換してくれ!」

「いや、お客さん駄目だって! ちゃんとお金で払ってくれないとさぁ……」

「金なんか持ってねぇんだよォ!」


 ベルナデットが目を離した隙に、イエスは饅頭売りの露天商に無茶な要求を投げつけていた。


 店主はどうして良いのか分からずにオタオタとしていたが、ベルナデットの姿を見つけると彼は泣きそうな声で助けを求めた。


「騎士様、お助けください! おかしい人がいるんです!」


 本当にそうですね。ベルナデットは心から同調した。


「ベルナデット! 金を払ってくれ!」

「嫌ですよ!? ご自慢の『奇跡』で出したら良いじゃないですか!」

「駄目だ! 金は神のものじゃなくて王の物だから俺には出せねぇ!」


 イエスは本当に悔しげな様子で拳を握る。


「あの、騎士様、もしかしてこちらの方は騎士様のお知り合いなのでしょうか?」

店主はおずおずと聞く。

「いやっ、ちがっ」

「いつも私どもの生活を守ってくださる方に対して恐縮なのですが……、やはりお代金は払っていただきたいな、と」


 ベルナデットは頭を抱えた。確かに、確かにこの男を連れてきてしまったのは自分だ。言い逃れできない。しかしこの仕打ちはないではないか、あんまりだ。


「ベルナデット、払ってやってくれ」


 悪びれもなく。イエスは神妙な面持ちで言う。


「……くっ! 私も食べますからね!」


 ベルナデットは饅頭二個分の硬貨を店主に渡し、乱暴に肉餡の饅頭を二個受け取った。


__________

______

___



「ありがとな、ベルナデット。どうしてもこいつを食ってみたくてよ」


 イエスははにかみ顔で礼を述べる。その手には蒸したての饅頭が湯気を揺らしている。


「まったく、こういうのはこれっきりですからね」

「俺、忘れねぇから。オメェが俺にしてくれたことはさ」

「別に、たかが饅頭一個くらい何でも無いでしょ」


 そうつっけんどんに言い放ったベルナデットであったが、気分はそこまで悪くなかった。どうしてか、この男に微笑まれると弱い。


 頭をぶんぶんと振り、気持ちを入れ替える。


「イエス、もう食べちゃいましょう」


 ベルナデットは饅頭を食べようとする。その時だった。


「おい、持っていかれたぞ」

「へ? あっ、泥棒!」


 ベルナデットの隙を突き、後ろから付けていた少年が彼女の手に突っ込む。ベルナデットの手からは饅頭がなくなっていた。少年は人混みを乱雑にかき分けて走り去っていく。

 たかが饅頭一個、つい先ほどそう言っていたベルナデットは全速力で少年を追いかけていった。少年の後を追い、いくつもの裏道を抜ける。


「捕まえた!」


 数分間の競走の末、ついにベルナデットは少年の首根っこを右手で掴むことに成功した。


 少年は両手で彼女の手を外そうとする。しかし、日頃から剣の稽古をしているベルナデットの握力は、とうてい十歳ほどの少年が抵抗できるものではなかった。


「離せ! 離せよ!」

「子供とは言え、盗みは犯罪ですよ。今から騎士団の詰所に連れて行きますからね」


 ベルナデットの言葉は決して脅しではなかった。


 この国では、どんなものでも犯罪行為があり次第厳密に処することが意識レベルで一般化されている。


 まして、治安維持を仕事としているベルナデットの遵法意識が高いのは何らおかしいことではないだろう。


「出来心だったんだ! 離せよ!」

「大人しくしなさい!」


 力の限りもがこうとする少年の頭を、ベルナデットは空いている方の手で殴る。少年は地面に伏し、頭

を抱えうずくまった。


 ベルナデットは辺りを見渡す。乱雑に散らばったゴミの山、人の腐ったような匂い、どうやら追いかけているうちに町の端にある貧民街に来てしまっていたようだ。路傍に力なく座っている浮浪者たちはベルナデットを見ても反応を示さない。捕らえられた少年を助けようともしない。 


 ただ冷たいまなざしで見つめるだけであった。


 もっとも、これを町のど真ん中で行ったとしてもそうする者はいないだろう。ベルナデットはそれを知った上でやっていた。


「その手を離せ、ベルナデット」


 しかし、イエスはベルナデットの右手を掴んだ。ベルナデットは一瞬動揺するが、すぐに平成を取り戻

し、イエスを睨む。


「人助けのつもりですか」

「いいや?」

「言っておきますが、別に頭にきてやってるわけではありませんよ。私は騎士として、盗みをはたらく者は捕らえなければ……」

「あぁ、オメェ勘違いしてんな?」


 イエスは鼻で笑う。


「良いか、オメェの饅頭は今俺が持ってるやつだ」


 そう言って、イエスは自らの持つ饅頭をベルナデットに押しつけた。


「何を……」

「そして、その子供が持っている饅頭は、『俺がそいつにあげた物』だ。これで文句ねぇだろ」


 イエスは手の力を強める。骨がひしゃげかねない程の圧を受け、ベルナデットの手は少年を離した。ベルナデットは恨めしげに自らの手首を押さえる。


「っ!」


 少年は二、三歩前によろけ、二人から距離を取る。しかし、少年はそれ以上逃げることはなく、気の抜

けたような目でイエスを見つめていた。


 イエスは少年に歩み寄り、問う。


「名は何だ」

「……リル」

「リル。オメェ家族いるだろ」


 イエスのその言葉に、リルと名乗った少年はドキリとした。


「その饅頭、ふたつに分けただろ? 上品におちょぼ口で食べるってツラじゃあねぇし、誰かに分けてやるつもりだったんじゃねぇのか」


 イエスの問いに対して、リルは何も言わずに手に持っていた二かけの饅頭を後ろに隠した。しかし数瞬の末、リルは地面にかかっていた生地の粗い麻布をめくる。


 ベルナデットは思わず後ずさった。そこにあった、いや、いたのは少女であった。六歳ほどの幼い少女が麻布を布団にするように、地面に横たわっていた。


 しかし、ベルナデットはそれをすぐに理解することはできなかった。


「俺の妹、病気なんだ」


 その少女は見える限り全身に大小の水ぶくれがいくつもできていた。潰れた水ぶくれからは膿がドロドロと流れており、一見すればカエルの怪物のように見える。


 しかし、疱瘡の間からわずかに見える虚な目は、まさに人間のものであった。ベルナデットはそれが恐ろしかった。匂いも相まって、喉に酸っぱい物が上がってくる。


「もうしゃべれなくなるくらいまで弱ってきたけど、せめて食べ物は食べさせてやりたくて」


 震えた声でそう言ったリルの目には涙がたまっている。


 リルは知っていた。妹はもう助からないと言うことを。親もおらず、盗みと日雇いの仕事で口に糊している自分には妹に薬を買ってやることもできない。できることと言えば、せめて少しでも食べ物を分けてあげることだけであった。リルは常に悔い続けていた。自分のできる限りのことはしているというのに。どうしようもない罪の意識で胸がいっぱいになっていた。


「水腫か……」


 イエスはツカツカと妹のそばに近づき、しゃがみ込む。そして、おもむろに彼女の服をはだけさせ、病

んだ部分に手を触れた。


「待ってください! 感染りますよ!」


 ベルナデットの静止を気にもとめず、イエスはその少女の体をさする。その動きには一切のよどみやためらいはない。手に膿がまとわりつくのを恐れず、少女の体を撫でた。


 少女は安らかな表情を浮かべ、イエスに寄り添う。


「清くあれ」


 イエスはそう呟いた。


 すると、触れられた部分はたちまちに剥がれ落ち、元々の玉のような皮膚が現われる。かさぶたから流れていた膿は乾き、塵となって飛んで行った。空の雲は動き出し、貧民街に太陽の光が差し込んだ。


 それと共に少女も生気を取り戻し、ゆっくりと立ち上がった。


 少女はふらふらと歩を進め、呆然と立ち尽くす自分の兄にしがみついた。


「お兄ちゃん?」

「あっ……! あぁ、神様……!」


 万感の思いで妹を抱き寄せるリルをイエスはじっと眺めていた。もはや諦めていた肉親の命、それを失わずに済んだ少年の喜びにいきなり水を差す野暮さをイエスは持ち合わせていない。


 少しばかり待った後にリルの肩に手を置いた。


「ちょっとばかし頼みがある。ここら辺の奴らを皆集めてほしいんだ」


【お願い】

もしよければ、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけるとありがたいです!

そうすることでこの小説は多くの方に読まれるようになり、最終的にローマ教皇の元に届いて国際問題になります!

バチカンと日本のガチ喧嘩が見たいと思った方は、どうかよろしくお願いします!


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