37 イエスを知ると言う
「うそだ……!」
イエスの逮捕から、一週間が経った。
人だかりの中、ベルナデットは呆然と膝から崩れ落ちる、意識が飛びそうになるほどのショックと苦痛に襲われ、彼女はめまいを覚えた。
その原因は、城の前に立てられた高札にあった。ベルナデットはそこに書かれていた文字を今一度読も
うとするが、そうしようとする度に、体にどうしようもない寒気がした。
ベルナデットは決心して、今一度高札を見る。
そこにはやはり、先ほどと同じ文言が、冷徹に書かれていた。
『ナザレのイエス。国家反逆の罪により死刑』
「あああああぁ……!」
ベルナデットは頭を抱え、悲痛な叫びを上げた。嘘だ、嘘だ、嘘だ。
こんなはずじゃなかった。今のうちに逮捕しておけば、命までは奪わない。その後、適当にどこかに配流した後は、好きについて行って良い。そういっていたはずだ。その約束だった。なのに、これはどういうことだ。何かの間違いだ。
ベルナデットは自らの上司にして、この命令を出したクロードの顔を思い浮かべると、深い憎悪を募らせた。自分は騙されていたのだ。愚かにも、甘い言葉につられて、良かれと思ってやった行いが、彼の命を奪うことになった。彼がイエスを殺したと言っても過言ではない。
いや違う。自分が、このベルナデットがイエスを殺した。
分かっている。イエスを殺すのはこの国自体だ。自分ではない。だが、ベルナデットはそれでも自分を責めずにはいられなかった。
彼女の目からは自然と、大粒の涙がこぼれていた。
「待て! そこの女!」
ベルナデットの異変に気付き、衛兵が近寄ってくる。現在この国は警戒態勢に入っており、イエスに協力的だった人間も罰せられる決まりとなっていたのだった。
「お前、ナザレのイエスと一緒にいるところを見たことがあるぞ! まさか奴のでしか!」
「……いいえ、私は、彼を逮捕した、……騎士ですよ」
「はっ!? こ、これは失礼いたしました!」
衛兵は彼女の素性に気付き、態度を改めてそそくさと持ち場に戻っていった。
いっそ、この場で捕まった方がどれ程増しに思えたか、ベルナデットは思った。
「……見つけた。ベルナデット」
その時、彼女の後ろから声がした。それは、久しく聞いていなかったかつての仲間の声であった。小鳥のさえずりのようなかわいらしい声、自分に対する冷たい態度。
間違いなく、サンの声だった。
「サン、……ちゃん」
「こっち、来てもらえる?」
「今更私に何をしたいと言うんですか?」
「……断ったら殺すから」
「断りなんかしませんよ。ついて行きます」
ベルナデットはサンに連れられ、依然として混み合っている城門の前を抜けていった。
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「……一体、どういうことなの?」
人気の無い路地裏、その隅でサンはベルナデットに言った。サンは衛兵の目を気にしているようで、ちらちらと向かいを見ていた。
「どう、と言われても」
「はぐらかさないでっ!」
サンは言葉を荒げる。
「アンタがイエスを連れてから、イエスは帰ってこなくて、看板にはイエスが処刑されるって書いてあって……。これはどういうことだって聞いているのよ!」
「……それは、全部私のせいです」
ベルナデット震えながら言葉を続ける。
「私が、イエスを捕まえる命令を受けて、……彼を捕らえました」
「なんでよっ!?」
サンはベルナデットの首を絞め、彼女に詰める。彼女の手がベルナデットの首に沈み込み、骨に手があたる。
しかし、ベルナデットは抵抗せず、あえて何もしなかった。いっそ、このまま殺されたかったのだ。
「イエスが捕まってから、皆おかしくなっちゃった! パパは部下の人と暗い顔でずっと話してるし、エレツ君は部屋から出てこなくなったし、フィーガさんはいなくなっちゃったし……!」
「すみません……。すみません……っ!」
ベルナデットは涙を流し、謝り続ける。
「泣きたいのはサンの方だよっ! イエスが、イエスが死んじゃうなんて、こんなことになると分かってたら、絶対しなかった!」
「ぐっ……」
「お前が死ねば良かったのにぃっ!」
サンは一層強く、ベルナデットの首を絞める。とがった爪が彼女の白い肌に食い込む。ベルナデットは脂汗をにじませてもだえる。今に首を吹き飛ばされそうになる、その時であった。
「う、うぅ……っ。なんで……」
急にサンの手が首から離れた。彼女は未だ怒りの目でこちらを睨んでいるが、その腕はだらりと力なく垂れていた。まるで、腕だけが自由を奪われたかのように、だ。
「危ないところだったわね ベルナデット」
「……フィーガさん」
サンの後ろからコツコツと、フィーガが歩いてくる。フィーガは不敵な笑みを浮かべ、ベルナデットを見つめる。
「何故抵抗しなかったの?」
フィーガは問う。
「……別に、私が死んでも良かったでしょうが」
「あら、命は大事は大事にしなきゃダメよ? キリストも言っていたでしょう?」
フィーガはベルナデットの首に手を伸ばし、神経魔法を唱える。ベルナデットが感じていたヒリヒリとした痛みと冷たさは、いくらかマシな物になった。
「フィーガさん、私が憎くないんですか?」
ベルナデットは率直な質問を投げかけた。あれほどまでにイエスに強い愛情を抱いていたフィーガのことだ。目が合った瞬間殺されていてもおかしくはないはずだろう。なのになぜ、こんな冷静な様子でいられているのか。ベルナデットはそれが気になった。
「えぇ。だってこのことは全部キリストが仕組んだことですもの」
「……え?」
生気を失ったような顔になったベルナデットに、フィーガは言葉を投げる。
「イエスは、自分の死を以てこの国を変えようとする気よ」
「そ、そんなわけが……っ」
「……王都に入った後の夜、彼から聞いたのよ。『自分の処刑によって信仰は完成する』とね。そのために、あえて死刑になるようにすると言っていたわ」
「そんな話聞いていません!」
「なら、もし貴女がそれを聞いたらどうしていた?」
「止めるに決まっています!」
ベルナデットはフィーガの肩を揺らし、狂った様に言い放つ。
「でしょうね。だから貴女には言わなかったのよ」
「そんなっ……!」
「……彼の処刑は明日よ。少しでも信仰があるのなら来ることね」
フィーガはベルナデットの手を離し、どこかへ消えていった。サンも逃げるように人混みの中へ消え、その場にはベルナデットのみが残った。
ベルナデットは地面に座り込み、ただただ呆然としていた。しかし、そうしている間にも疑問は頭の中でどんどんとあふれていく。
どうしてフィーガはわざわざそのことを話してくれたのか。本当にイエスは望んで処刑されるのか。……本当にこのままで良いのか。
今のベルナデットに、その答えは出せなかった。
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