36 エドワルド王に尋問される
「オメェらのうちの一人が俺を裏切ろうとしている」
場は凍り付いた様に静まり、全員が唖然とした顔でイエスを見ていた。まるで、今言ったことを理解していないかのようであった。
「もう、オメェらといられるのもあとわずかなんだ。俺ァ王国の兵士にとらわれるのさ」
「どういうことだよっ、先生!」
「な、何を言うか、キリストよ。その様なことがあるはずなかろう」
「そうだよ。よりにもよってこの中に裏切り者なんているわけがないだろう!」
席からは口々に声があがる。
にわかには信じられないことだ。ここにいる皆はイエスに導かれ、彼を信じた者ばかりだ。それを裏切るなど。
しかし、イエスは沈黙を続ける。
イエスに答える気がないことが分かる共に、次第に声は収まっていった。
「すまねぇな。これ以上は何も言えねぇんだ」
「分かったわ。でも、ひとつ教えて?」
フィーガはイエスに問う。
「裏切り者は、誰?」
それは誰もが気になる問いであった。彼の言うことが正しければ、一刻も早くその『裏切り者』を排除しなければならない。
皆に緊張が走る。イエスのこの言葉で、裏切り者が破れかぶれの行動をするかもしれない。その時、イエスを守り切れるか。力に実力のある物は腰を浮かし、身構える。
「そう気張るな。オメェらは何もしなくて良い」
イエスはそんな彼らを差し止め、パンを破いて一切れにする。そして、その一切れをワインに浸し、手に持った。
「それは……?」
「俺がパン切れを浸して与えるのが、その人だ」
イエスは立ち上がり、ツカツカと『裏切り者』めがけて歩き出す。皆はイエスの挙動に目を配り、裏切り者の正体を見ようとした。ただ一人を除いて。
「……っ!」
イエスはベルナデットの前に立ち、彼女の前にパンを差し出した。
「まさかっ! ベルナデットが裏切り者のはずがない!」
「……」
「何を呆けている、君からも何か言うんだっ!」
エレツはそう言うが、ベルナデットは何も言わず、目線を下に下ろしていた。彼がどんな顔をしているのか見る勇気が無かったのだ。
「オメェがしようとしていることを、今すぐしろ」
「ぐっ……! それが分かっているなら、大人しく国を出れば良かったものを……っ!」
「早くしろっ!」
ベルナデットは乱暴に椅子から立ち上がると、イエスの胸ぐらを掴む。
「顔、貸してください。『ナザレのイエス』」
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中心部から外れたところにある丘の上、イエスとベルナデットは底に腰掛けていた。
ベルナデットは空を見上げる。今日は、雲が多くて薄暗い夜だった。隣にいるイエスの顔もよく見えない。
それは、彼女にとって色々な意味で都合が良かった。ベルナデットは、後ろの茂みから発せられている気配を感じながらそう思った。
「今日は、月が見えませんね」
ベルナデットはぽつりと呟いた。
「そうだな」
「ここから見える夜空は、綺麗だったんですけどね」
「そいつァ残念だ」
「……いつから、気付いていたんですか?」
「最初っからな」
イエスはそっけなく答える。
「……だったら、色々防ぎ様はあったでしょうに」
「さぁな。もしかしたら、こうなることを俺ァ望んでいたのかもな」
「そんなこと……」
「すまん、少し時間をくれ」
イエスは体勢を変え、空を仰いで跪く。
「神よ……! 俺の願いではなく、その御心のままになさってくれ……!」
それは、彼の祈りであった。深い祈りの言葉が、暗い夜空に響いた。
ここに来て、ベルナデットは悩んだ。こんな弱々しい彼の背中を見たのは初めてだ。偶に想うことがある。彼は確かに傷を治し、食事を出す力がある。だが、彼の心自体は単なる一人の人間に過ぎないのではないか。だとしたら、そんな彼を大衆煽動などという仰々しい罪で裁くことは正しいのか。皆、勝手に舞い上がっただけだというのに。
イエスは苦しみ、切に祈り続ける。彼からほとばしる汗は血のように地に落ちていた
「……ベル」
イエスは振り返らず、言った。
「やれ」
「……はい」
ベルナデットはイエスの背を抱きしめ、彼の頬に口づけをした。
「さようなら。イエス」
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「ほぉ。貴様が『神の子』を名乗り、世を騒がせている男か」
麻袋をかぶせられたイエスが、次に見たのは若い男の顔であった。その男は長い衣をまとい、頭には冠をかぶっている。
イエスは確信できた。目の前にいる男こそがこのマキミリア王国の王、エドワルド王だと。
「へっ。わざわざ王様自ら尋問とは、たいそうなもてなしだぜ」
「質問に答えよ。……貴様が『ナザレのイエス』か?」
「そうだ。間違いねぇ」
イエスは真正面を堂々と向き、答える。
「ならば良い、ではイエスよ。これより貴様の罪についての裁判を行う」
「裁判だと……? ここには俺とオメェと、後は見張りの兵士しかいねぇじゃねぇか」
イエスは辺りを見渡す。エドワルド王はここで裁判をするといったが、ここは到底裁判所には見えなかった。
「この国では私こそが法。文句は言わせんぞ」
「そうかよ」
「では裁判を続けるぞ。イエスよ」
エドワルド王は言葉を続ける。
「貴様はこの国の住民におかしな神を信仰させ、国策に反する教えをばらまいた……。これは許されざる罪よ」
「……」
「その上、あげくの果てには王都を大混乱の渦に巻き込んだのだ、極刑は免れぬであろうな」
エドワルド王は表情を変えず話し続ける、しかしイエスは何も言うことなく黙りこくっていた。
「何か申し開きはないのか?」
「……」
「……まぁ良い」
エドワルド王はイエスを見下ろす。
「しかし、貴様には功がある。異種族と人間を和解させたという大きな功がな」
「……功、だと?」
「そうだ。この私を持ってしも困難を極めたこの問題を貴様は解決した」
エドワルド王は少しばかり眉をひそめた。これについて、彼を褒め称えないのは彼の誇りに拘ることであった。この国を想う者として、国の問題が解消されること自体は喜ばしいことではないか。たとえ国の方針に反する立場の者であろうと、それは変わらない。
「その功労に免じて、貴様の罪を流罪程度にしようではないか」
「……何?」
「喜ぶが良い。命と最低限の自由だけは残してやると言ったのだ」
エドワルド王のその言葉は、イエスにとっては僥倖であっただろう。だが、だと言うのにイエスは深く顔をしかめていた。
その様に、エドワルド王は不信感を覚える。
「一体何を考えている? 貴様、命が惜しくないのか?」
「……だったら、教えてやるよ」
「ん? 今何と……」
「これが俺の答えだよっ!」
ぎしり。イエスの頭頂部が、エドワルド王の鼻っ柱にめり込んだ。
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