35 最後の晩餐
ベルナデットは、扉の目の前に立っていた。その顔は青ざめており、まるで生気を感じさせない。この扉の中に入らずに済むのならば、大抵のことはやってもいいくらいだ。ベルナデットは冷え切った頭でそう思っていた。
王都の騎士団本部、クロードが用意した部屋の前でのことであった。
ベルナデットはこれから、彼から新たな指令をもらう役目を負っている。
「……失礼いたします。ベルナデットです」
ベルナデットはか細い声をひねり出し、ノックをする。
「入りたまえ」
その声を聞き、ベルナデットはしぶしぶ入室する。
部屋の中の席には既に見慣れたカイゼルひげの男、自分の上司であるクロードが座っていた。
「ここまでご苦労だった、ベルナデット。四ヶ月にも渡って奴を監視するのはさぞ大変であったことだろう。心中お察しするよ」
クロードはいつも通り、軽々しい口調でベルナデットに言いかけた。
「いいえ、……これも騎士の勤めですから」
「とはいっても、このような過酷な任務に良く耐えてくれた。素晴らしい働きじゃないか」
「はっ、これからも引き続き監視を……」
「監視はもう良い」
クロードは、極めて冷静な眼でベルナデットを見つめていた。
彼のその言葉が、たったそれだけの言葉がベルナデットを酷く傷つけた。監視はもう良い、その言葉の意味が分かっていたからだ。
「な、なぜですか?」
とうに分かっていることを、ベルナデットは聞かずにはいられなかった。
「この前の処刑の口出しに加え、今回の過剰な民衆への扇動行為だ。もはや、この国で奴を好きにさせるわけにはいかないだろう」
「っしかし! ……奴自身は何もしていません。むやみに民衆を混乱させるだけかと」
「これ以上奴を放置すれば、間違いなくこの国に災いが訪れる。……これは既にエドワルド王が決めたことだ。君の意見は通らない」
「っ!」
「……少し、ずるいことを言わせてくれ。ベルナデット」
彼は椅子を後ろに倒し、彼女から目をそらす。
「幸か不幸か、未だエドワルド王は奴を、イエスを見くびっている。だからここで逮捕しておけば死刑にはならないはずだ。せいぜい、離島に流されるくらいで済む」
「……それは、どういう意味ですか」
「フッ、そうだ、それでいい。そうやってシラを切っておけば私も君を罰する必要は無くなる。……例え君が、奴をどれ程気にかけていようともね」
ベルナデットが動揺するのを見て、クロードは笑い声を漏らす。
「監視の任務を命じてから、今日でもう四ヶ月か。……そんな長い間旅をしてきた人間を逮捕しろ、なんて、全く以て酷い命令だと思っているよ」
ベルナデットは沈黙を貫いた。
「だが、君もこの国のために戦う騎士ならば、任務は全うしてもらう。いいね」
「……はっ」
「改めて言うが、ここで逮捕されれば絶対にイエスは死刑にならない。それは約束する」
「なぜそこまで言い切れるのですか?」
「さぁね。おおよそ、どっかの間抜けが讒言したのかもね」
「……分かりました。任務を全うします」
「よし、では一週間以内にイエスを一人にする状況をつくるんだ。君がするのはそれだけで良い。後は王都の騎士たちがやってくれる」
クロードは、あえて優しげに言った。
ベルナデットの報告書をいつも受け取っていた彼は知っていた。イエスがどれ程イイヤツか。そしてベルナデットはそんな彼をどれ程大切に想っていたかを。
可能でやれば逃がしてやりたい。だが、ここまで来てしまった以上、それは叶わない。せめて、イエスを捕まえる直接的な役目は他の騎士にやらせることで、クロードは自らの胸にこみ上げる罪悪感に折り合いを付けようとしていた。
「……では、失礼いたします」
「では頼んだよ、ベルナデット」
カタカタと体を震わせながら逃げるように部屋を出る彼女を、クロードは寂しげな目で見送った。
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「よし、皆集まったみてぇだな」
その数日後、イエスは酒場にある大食堂に仲間の皆を集めた。既に辺りは薄暗くなり、夕食の時間が迫ろうとしている。
元々イエスが王都に行くという情報は知れ渡っており、皆準備していたことが幸いしてメルグの町で伝道を続けていたラムザやリル、ゲドなどの弟子や、獣人族の里で二種族をまとめていたソールもすぐに駆けつけることができた。
旅に参加せず、町に残って信仰を広めていた弟子たちは、久々の師との再会に話を咲かせ、気長に食事を待っていた。
「先生、まさかこんな大所帯になるなんて、俺には予想も付かなかったよ」
「そうだな、ゲド! だが、ここまで来るのも中々大変だったんだぜ?」
「ほほう。それはゆっくりとお聞きしたいところですな」
イエスも彼らとの談笑を楽しみ、今までの旅の困難を激しい身振り手振りに合せて語っている。
王都に来てから初めて見た、イエスの素朴な表情。それを見ていると、ベルナデットの胸は張り裂けそうになった。しかし、それを知る者はいない。
「しかし、よもや我々獣人族が王都に入れるなどとは思わなんだ。れきり門前の衛兵が『薄汚い獣人は入るな』などと言われると思ったが……」
「パパ! もうそんな酷いことを言う人はほとんどいなくなったのよ!」
「えぇ、位の低い衛兵の中でもイエスを支持する者が出てきたわ」
フィーガはイエスの方を向き、言葉を続ける。
「もはや、エドワルド王が定めた法よりも、神の教えの方が正しいとされているでしょうね」
彼女のその言葉は過言ではなかった。もはや王都において法律は半ば機能せず、多種族の出入りを半ば黙認されていたのだ。
イエスの目的は『人々に神の教えを授け、信仰者を増やすこと』。それはこの場にいる誰もが知っていることだ。であれば、イエスはこの状況をさぞ喜んでいることだろう。たった一人の人間の言葉が、国を上回ったのだから。
しかし、だと言うのにそれを聞いた彼の顔はどこか憂いを帯びていた。
「さてと、そろそろ夕食に使用じゃなねぇか」
「でもイエス、わざわざ遠方の皆も集めて、いったいどうしたんだい?」
エレツはイエスに問う。
「あァ。皆の顔を一目見ておきたかったんだよ」
「フフっ。変なことを言うね。まるでもう会えなくなるみたいじゃないか」
「そうだ。最後になるかもしれねぇ」
「……え?」
エレツは予想だにしていなかった返答に戸惑い、顔が固まる。
「すまん、皆。これから俺が言うことを、黙って聞いてくれ」
イエスは手元のワイングラスを手に持ち、皆に語りかける。
「オメェらのうちの一人が俺を裏切ろうとしている」
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