33 王都に入る
ダンは、目を疑っていた。王国軍に処刑する寸前の自分を助けたのは、今まで戦っていた反乱軍と今まで攻撃を繰り返していたジェレバの町の住民たちであった。
そして、その前にはナザレのイエスがいる。神の子を名乗って王国中を騒がせているあのイエスが、この自分を助けに来ている。
ダンは呆然と、彼らの言うことを聞き続けていた。
「おいおい、どうやら誰もこいつ(ダン)のことを罪人だと思っていねぇ様だな」
パスカルのいなくなった処刑場で、イエスは高らかに声をあげた。
「はいっ!」
「どうやらそうみたいね」
イエスの言葉に、フィーガとグルーシャは同調する。
「だったら俺も罪があるとは思わねぇ。……行きな」
イエスは膝をつき、そうダンへ告げた。
「馬鹿なことをしたな。ナザレのイエス」
ダンは残った兵士の肩を借りてイエスに近寄る。いくら命の恩人とは言え、王国に反する者に礼は言いづらい。マキミリア王国将軍としてのプライドが、彼の素直な心をひた隠しにしていた。
イエスはそれをなんとなく理解し、思わず口角を上げた。
「今はまだ問題ないだろう。だが、罪人である俺を助けたことがエドワルド王に伝われば、これから王国につけ狙われる羽目になるぞ」
「それでも構わねぇ。正しいことをしようって奴を止めるくらい、ならな」
そう言うと、イエスは一方うしろに立っていたグルーシャの背中を押す。
「ダンさん! 間に合って良かったです!」
「……助けに来てくれといった覚えはなかったはずだが」
「すみません! 勝手に来てしまいました!」
「フン、俺のような馬鹿な男など、見捨てればよかったろうに。お前も馬鹿な奴だ」
「いいえ! 私は馬鹿ではありませんよ!」
グルーシャのその言葉に、ダンははっと目をむく。。
「そして、ダンさんも馬鹿ではありません! とってもすごくて、優しい人です!」
グルーシャはダンを抱きしめ、包み込む。
その時になって、ダンはようやく、自分が死から遠ざかることのできた安堵を感じることできた。暖か
い抱擁に、ダンは顔をくしゃくしゃに歪ませる。
「……ありがとう! 俺を、助けてくれて……っ」
ダンは涙を流し、グルーシャを抱きしめ返した。それはやっとの言葉だった。将軍としての使命と、人
間としての良心の板挟みにあったダンがようやく取り出せた。心からの言葉であった。
反乱軍の頭領と、王国軍の将軍のこんな姿を、誰が想像できただろうか。兵士たちは神妙な面持ちで立ちつくしている。中には彼につられて涙する者もおり、一部残っていた彼の部下からすすり泣く声が聞こえた。
イエスは数歩下がり、彼らを見守っていた。
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「まったく、仕方ねぇ奴だ」
「でも、彼の言う通りよ、救世主」
フィーガは言う。
「そんなつもりはなかったかもしれないけど、貴方は明確にこの国に反逆してしまったのよ。この町には長居できないわ」
「あァ、……そうだな」
イエスは頭を縦に振る。
それと共に、イエスは失望していた。正しい行いをする人間が刑にかけられ、苦しい思いをするこの王国に対して、イエスはひどくがっかりとした思いを持っていた。
「仕方ねぇ、この町から出るか」
「分かったよ、イエス。じゃあ次はどこに行こうか?」
エレツはひょっこりと出てきてイエスに聞く。
「参ったな……。全然考えてなかったぜ」
「そ、それなら、いっそもう、この国から出ませんか?」
ベルナデットは少し調子の外れた声でそう行った。
「この国から出る、だと?」
「えぇ、ほとぼりが冷めるまで、船に乗ってこの国から出ましょうよ」
「確かに、そういう手段もあるか」
「絶対その方が良いですよ! 私もついて行ってあげますし、そうしましょう!」
ベルナデットはいつになく押しを強め、イエスに言いつけた。
この場の中で、最もこの状況を危惧していたのは紛れもなく彼女であった。ベルナデットは、イエスがメルグの町の時から騎士団にその存在を危険視されていたことを知っていた。まして、イエスがこのようなことをしてしまったと報告すれば、彼を捕らえる命令が自分に来ることはほぼ間違いないだろう。
ベルナデットには、騎士としての役目を果たさないという選択肢はなかった。このマキミリア王国を愛
していたからだ。だから命令に背くことはできない。
だが、ベルナデットは嫌だった。彼女にはイエスを捕まえ、処刑することがもはや耐えられなかったのだ。
であれば、今のうちに国を出てしまう他ない。イエスが進んで出国したため報告ができなかった、という言い訳が立ち、命令を無視できる。
自分が騎士の役目を全うすること、イエスを守ること。このふたつを全うするにはこの方法しかないの
だ。ベルナデットはそう決断を出していた。
「……そうだな! 他の国も気になるし、そうするか!」
イエスは数秒頭をうならせたのち、そう言った。
ベルナデットは安堵で肩を緩ませ、ほっと一息ついた。良かった、国を離れることは少ししんどいが、イエスを殺さずに済むのならばよっぽど良い。
「いえ、逆に王都に入りましょう」
そのフィーガの言葉は、ベルナデットにとって全く予想外のものであった。
「なっ、何を言っているんですか!?」
「キリスト、もし貴方がこの国を離れたら、信者たちはどうなるの?」
「それは……」
「きっと王国によって弾圧されるわ。貴方なしに信仰を守ることはできないでしょうね」
「……そうだな、この国を見りゃあ、おかしくねぇ話だ」
「イエス! この人の話に耳を貸さないでください!」
「ちょっと、貴女黙って貰えるかしら」
フィーガはベルナデットに指を向ける。するとベルナデットはたちまちに膝を地面に付き、押し黙る。フィーガの神経魔法が完全に作用したのだ。
フィーガは邪魔者を黙らせると話を続けた。
「それに、必ずしも王都は危険ではないと思うの」
「どういうことだ?」
「王都は人が多く、衛兵も完全に町を把握することはできないわ。支持者にかくまって貰えれば、少なくとも逮捕されることはないはず……。違うかしら」
フィーガはイエスの瞳を見つめ、説いた。それは偽りのない、本心からの言葉であった。
そのことは、言われた側であるイエス自身も見抜いていた。彼女は心から、神の言葉を世に広めるための方法を提示しようとしている。それは確固たる事実であった
「分かった。王都に……」
イエスがそう言いかけたとき、急に足下を掴まれる感覚を覚えた。
「……まって、ください……」
「あら、驚きね。魔力の無い人間が、私の魔法に耐えるなんて」
ベルナデットは消えゆく意識を死力の限り保ち、イエスを掴んでいた。
イエスは驚いた。こんな必至な彼女は今までの旅で見たことがなかったからだ。
「だめ、です……。おうとに、いったら……ぜったいに……」
「……すまん、ベル。俺ァ王都に行くよ」
イエスはベルナデットの手を取り、優しく言いかけた。騎士のベルナデットがそこまで言うのだ。おそらく、自分の知らない何かがあるのだろう。自らの身を危うくする何かが。
それは分かっていた。だが、もはや引けないのだ。
この国に残っている信仰者たちを置いて逃げれば、彼らはこれから何を信じていけば良いのか分からなくなってしまう。
彼らのため、神のため。あえて自分を捕らえようとしている者たちの元へ行こう。イエスは固く決意した。
「そうよ、キリスト。王都に行く以外にこの国の人々を救う道はないわ」
「あァ……、行くぜ。王都に」
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