32 罪を犯したことのない者のみが石を投げろ
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「おいオメェら、どうしたってんだ」
ベルナデットにとって待望の声が、向かいから響いた。間違いなく、あの男だ。
「イエス! どこにいたんですか!」
「ククク、何だか随分久しぶりな感じがするな、ベル!」
イエスは周囲の兵士たちをかいくぐり、ベルナデットの前に出る。ベルナデットは彼を一発小突いてやりたい気分であったが、あいにく今はそんな状況ではない。感動の再会を味わうのはこの問題を解決してからにすべきだ。ベルナデットは努めて落ち着き払った。
「グルーシャ! 私よ、フィーガよ!」
「フィーガさん! お久しぶりです!」
「生きてて良かったわ……! 本当に心配してたのよ……!」
イエスの後ろに着いていたフィーガはグルーシャの元に駆け寄り、彼女を抱きしめる。その様子をイエスは喜ばしく思った。
大切に思う人間を愛する、それは人間凡てに許された権限だ。誰にも邪魔することはできない。
「でも、捕縛されたというのに、良く無事に帰ってこれたわね」
「はい! こちらのベルナデットさんから、イエスさんならどうするかを教えてくれたんです! そうしたら、なんか上手くいきました」
「『なんか』って、貴女ねぇ……」
フィーガはあっけらかんと笑うグルーシャに思わず呆れる。それと共に、フィーガは安心した。彼女は昔のまま、全く変わっていない。救いの見えない戦いの中でも、グルーシャはその純真さを全く失ってはいなかったのだ。それがたまらなく嬉しかった。
「オメェが頭領のグルーシャか?」
そんな中、イエスはグルーシャの前に立ち。問いかける。
「貴方は……」
「俺の名はナザレのイエスだ」
その言葉と共に、周囲は大いにざわめき立つ。今まさに、本物の神の子がいる。彼が一体何を言い、何をするのか、期待の籠もった視線がイエスに集まる。
「へぇ~! 貴方があのイエスさんなんですね! 案外普通の人ですね!」
「おい! 失礼だろ、グルーシャ!」
「ククク、良いんだよ。それより、オメェこれからどうするつもりだ?」
イエスのその問いかけに、グルーシャは表情を硬くする。
「……私は、やっぱりダンさんを、私を助けてくれた人のことを助けに行きます!」
「そのために、オメェが死んだとしても、か?」
「はい! だって、彼はもう『仲間』ですから!」
グルーシャがそう言うと、イエスは次第に体を震わせ、ついに破顔する。
「ハハハハハ! ……驚いたぜ。オメェの言ってることは全部正しい」
イエスは兵士たちの方に向き直り、声をあげる。
「おい、オメェら! そのダンって奴を助けに行くぞ!」
「なっ、何を言っているんだ! なんで助けになんか!」
「馬鹿野郎! つまんねー保身に身を任せて、真理から目をそらしてんじゃねぇぞ!」
イエスが怒鳴り立てると、兵士たちに戸惑いが生まれる。頭領であるグルーシャだけでなく。神の子すらもそう言うのであれば、やってみる価値はあるかもしれない。
「ベルナデット! エレツたちや町の奴らに声をかけろ! 全員で行くぞ!」
「はいはい。今行きますよ」
ベルナデットは仕方なさげに返事をする。しかし、そのかおはどこか嬉しそうであった。
「イエスさん! 来てくれるんですね!」
「当たり前だ! オメェの義、絶対に成就させてやっからよぉ!」
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「全く、馬鹿なことをしましたな。……ダン将軍」
王国軍の野営地、ダンは複数人の兵士に押さえつけられ、首元に刃を突きつけられていた。例え将軍と
は言え、捕虜の脱走幇助は紛れもない軍紀違反、軍目付であるパスカルが見逃せるモノではなかった。
「聞くだけ無駄屋もしれませぬが、なぜこのようなことを?」
「……その方に言ったところで分からないだろうな」
パスカルからの冷ややかな問いに、ダンはそう言い捨てた。
今頃、あのグルーシャという少女は待ちについて保護されていることだろう。きっと、彼女であれば今は無理でも、いつかはこの国をよくしてくれるだろう。自分はおよばずながらその手伝いができたのだ。
そのことを考えれば、あと幾ばくも無い命にもかかわらず晴れ晴れとした気分になれた。ダンは空を見上げ、ニヤリと笑った。
王国のために戦い続けて数十年、こんなにも清い気持ちになれたのははじめてのことだった。
「ならばもはや言うことはなし。……やれ」
パスカルが剣を持つ兵士に合図を出そうとした、その時であった。
「待ちな!」
遠方から、突き刺さるような鮮烈な声が届いた。予想だにしなかった物言いに兵士は動きを止める。
「何者ぞ!?」
「わりぃが、そいつを離してもらうぜ!」
パスカルは衝撃で目をむいた。何故だ。何故、神の子を自称する男がダンを助けに来ている。それも、
反乱軍と協力しているなど、何が起こっているのか。パスカルは想定外の事態にひるんだ。
「ダンさん! 助けに来ましたよ!」
「反乱軍の頭領!? 馬鹿な! せっかく逃がしてやったと言うのに!」
「すみません! でも、放っておけなかったんです! ごめんなさい!」
ダンは堪えきれず、大笑いをした。こちらは涙を流して礼を言いたいくらいなのに、肝心の彼女はあんなにも申し訳なさそうにしている。本当に、本当に良い奴なのだ。今改めて、彼女の人柄をダンは実感させられた。
パスカルがひるむうちに、反乱軍と住民は展開し、ダンを中心に囲い込む。王国軍の兵士たちは信頼していた将軍の処刑に加え、反乱軍の奇襲に動揺し機能を停止していた。
「さぁ! さっさとそいつの身をよこして、テメェはとっとと帰れ!」
「……神の子よ。そなたは何か、勘違いをしている」
「何だと?」
「良いか、この者は罪を犯したのだ。捕虜を逃がすという、赦されざる罪を、な。それを裁くのを止めると言うことは、そなたはこの国の法に逆らうと言うことになるのだぞ!」
パスカルはイエスに指を指し、言い放った。ここでダンが連れ去られることになれば軍目付である自分の失態、国に帰り次第処刑は免れない。
パスカルは、何としてでもイエスを帰らせねばならなかった。
「……なるほどな。そう言われるのは心外だ。俺ァ法に逆らうつもりはないんだがな……」
「ならば結構、この男は諦め、お帰りになられるが良いわ!」
パスカルはほくそ笑む。
「なら、兵士たちに言おうじゃねぇか」
「……あ?」
「今まで一度も罪を犯したことのねぇ奴だけが、そいつの首を刎ねな」
イエスはニヤリと笑い、言った。
「馬鹿な! そんなことは関係ないわ! 兵士よ、やれ!」
パスカルは兵士にそうせかすが、兵士は動かなかった。いや、動けなかったのだ。
「何故やらぬ! やれ!」
「……できません!」
「っ!」
処刑を命じられていた兵士たちは持っていた剣を落とし、次々と後ずさる。ついには一人もいなくなり、処刑をしようとしている人間はパスカル一人のみとなっていた。
この状況にパスカルはひどく怯えていた。まずい、まずい。もはや軍目付の役目どうこうの話ではない。兵士たちはダンを裁くことを拒否し、反乱軍は依然として自分を包囲している。この中で、自分の味方はもはやいないのだ。パスカルは自分が生き残るための方法を模索し、やがて一つの答えに行き着いた。
「や、やはりダン将軍の処刑は、取りやめる!」
そう言いながら、パスカルは老体を引きずって荒野に逃げる。イエスたちはあえて彼を追うことなく、その場で立ち尽くした。
「おいおい、どうやら誰もこいつ(ダン)のことを罪人だと思っていねぇ様だな」
「はいっ!」
「どうやらそうみたいね」
イエスの言葉に、フィーガとグルーシャは同調する。
「だったら俺も罪があるとは思わねぇ。……行きな」
イエスは膝をつき、そうダンへ告げた。
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