30 殉教する
「ダン将軍、エドワルド王はお怒りですぞ。この土地の平定が遅れていると」
「しかし、仕方ないだろう。反乱軍は未だ力があり、住民からの支持も厚い。今いる兵だけでは到底勝ちきれるはずがない」
ジェレバの町から東に十数キロの砂漠、そこには数千人が野営するためのキャンプ地があった。その中の一つの陣幕で、二人の男がしかめ面で話をする。一人の壮年の男はマキミリア王国将軍、ダン。そしてもう一人は軍目付の老人、パスカルであった。このパスカルは一向にジェレバの町を開放できていないダンに対して国が派遣した男である。
「まぁ、しかし遠からずの内に解決するでしょうな」
パスカルは言葉を続ける。
「数日前、反乱軍に対して講和会議の交渉を打診してまいりました。そこに反乱軍の頭領がのこのこと来たところを捕縛し、奴らの前で処刑してやれば戦う気力も萎えましょう」
「ふむ……、はたしてそう上手くいくかどうか」
「案ずることはありませぬ。頭領は人を疑うことを知らない愚か者、きっと話にのることでしょうぞ。万
一来なかったとしてもそれはそれで結構、奴らが戦いを望んでいることを王に報告すれば追加の兵をいただけるかと……」
そう言ってパスカルは気味の悪い笑みをダンに向ける。
ダンはこのパスカルという男があまり好きではなかった。軍目付という自分を監督する立場であるのを良いことに、この男は度々勝手に策を行使するのだ。
今回も、誉れ高い貴族、騎士として正々堂々戦いたいと考えている自分の意向を差し置いて、この男は反乱軍に、偽りの和平をちらつかせて騙そうとしている。そして、それを看破されたらあちらの不義と決
めつけるのだ。それはいささか卑怯ではないだろうか。
ダンの不服げな視線を、パスカルは涼しい顔で受けていた、
「しょ、将軍!」
重苦しい空気の中、鬼気迫る表情で兵士が一人、陣幕の中に入ってくる。
「如何した」
「はっ、反乱軍の頭領が、野営地に来ました!」
「なっ、軍は率いているのか!?」
「いえっ、一人だけです!」
「何ぃっ!?」
ダンはその巨躯をのけぞらせて驚く。それを見たパスカルは満足げに頷いていた。
「今はどうしている」
「はっ! 今は、その、数人の兵士で囲んでおります」
「直ちに捕らえ、牢に入れよ。……だが、話は合わせておけ。あくまで和平交渉をするというテイでゆくのだぞ」
パスカルは兵士にそう指示を出すと、ダンの方を向き直る、
「さて将軍、一応、形だけは『和平交渉』をしてみていただけないでしょうか。……ククク」
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「あっ、こんにちは!」
「う、うむ。待たせたな。お前が、反乱軍の頭領で間違いないか?」
「はい! 私がグルーシャです!」
「……本物か?」
「はい! 本物ですっ!」
野営地でもとりわけ簡素な陣幕の中、ダンはグルーシャの元に行っていた。要求通りに来たのにも拘わらず、彼女は両腕を縛られ、足には枷が着けられている。ダンは敵ながら、それがかわいそうでならなかった。確かに王の命を遂行するためには、このいたいけな少女を殺すことが求められるだろう。それは分かっている。分かっているが、やるせない思いであった。
「そうか、私はダン……、この軍を率いる将軍だ」
「そうですか! では、停戦交渉をしていきましょう!」
「……うぅむ、そう、だな」
ダンは言葉に詰まった。どうして自分がこんな猿芝居を行わなければならないのだろうか。あくまで交渉をするふりをしろとパスカルは言うが、そんな叶いもしない望みを餌に、彼女に対してこのような仕打ちを行うのは気が引けていた。
ダンがそう気まずそうにしていると、グルーシャは不意ににこりと笑う。
「気にしないでください! 私は大丈夫です!」
「何?」
「私がこうやって拘束されているのは、魔族である私が襲ってこないか不安だからですよね? でも、これで安心してくれるのなら、私はこれでも大丈夫です!」
「ちがうっ!」
ダンは考えるより先に、そう叫んでしまった。パスカルからの提言で、あくまで交渉が決裂した為に処刑したというテイで行う、と言われたというのに。
敵である自分たちの心中を察し、このような屈辱と恐怖を許そうと言う彼女に嘘をつき続けることが正しいことなのか、分からなくなった。
「良いか!? お前は罠にはまったのだ! こんな見え見えの罠にだ!」
「そうですかぁ」
「何を呆けておる!? そなたは翌日ジェレバの町に連行され、その場で処刑されるのだぞ! そなたの部下たちは頭領を失い、なすすべもなく駆逐されるだろう! それを分かっておるのか!?」
ダンはダムが決壊するかのように言葉をぶつけ続ける。言葉を発するごとに、彼はおしつぶされるような思いを募らせた。しかしこんなことを言っても、こんな思いを持っていても結局のところ彼女は死ぬ。
そして、それは自分のせいなのは変わらない。
「……でも、信じたかったんです」
「信じたかった、だと?」
「はい。勿論、この件が罠かもしれないというのは私も分かっていました。周りの人もそう言っていましたし……」
「ならば何故、罠だと分かって来たのだ!」
「でも、もし本当に和平がしたかったとしたら、なのに皆が嘘だって決めつけるのってかわいそうじゃないですか! せめて私だけでも信じたかったんです!」
「そのせいでそなたの軍は壊滅するのだぞ!?」
「ずっと敵のことを敵だと思ってたいら、終わる戦いも終わりません!」
「ぐっ……!」
ダンは言葉に詰まった。良い年をしている大人のダンはとうに分かっていた。グルーシャの言っていることは詭弁だ。理想論どころではない、まるでめちゃくちゃな子供の言い分だ。信じなかったらかわいそうだから罠だと分かっていても乗ってくるなど、戦争指導者の気持ちとしては不適切極まりない。
だが、美しい言葉だ。ダンは彼女の言葉を頭の中に反芻させると、自然と体が震えた。
「……私、間違っていましたか?」
グルーシャは寂しげな瞳でダンを見つめる。その瞳に映っているダンは、勇猛な将軍とは思えないほど迷いに満ちた表情をしていた。
しかし、程なくして彼は顔を引き締め、彼女と目線が合うように腰を下ろした。まるで、自らの定めを受け入れた死兵のような顔つきであった。
「お前、夜は弱いか?」
「へ?」
グルーシャは思いがけなかった問いに戸惑う。
「今夜の夜更けまで起きてられるか?」
「は、はい。できますが……」
グルーシャがそう答えると、ダンは子供のように笑い、言った。
「町に帰ったら仲間に伝えてほしい。信じられる人間もいた、とな」
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