3 世界を見分ける
「おい、俺をどこに連れていこうってんだ」
そう言ったイエスは、馬から落ちないようにベルナデットの腰に手を回し、しがみついていた。
「ここから三〇分足らずで『メルグ』の町があります。まずはそちらまでお連れいたしますので、ご安心ください」
「聞いたことねぇ町だ。ったく、ここは一体どこなんだ?」
イエスは先ほどの傷が既に治り始めているのか、頭からの出血も収まっていた。血も乾き、元の顔がはっきりと見えるようになる。
先ほどは血にまみれていたためおどろおどろしい印象があったが、今見るとそこまで見れない顔ではない。
ベルナデットはそう思った。
「メルグの町はこのマキミリア王国でも有数の都市ですよ!? まさか、記憶が無いのですか?」
「いや、あるぜ。だからこそこの状況に困惑しているんだろうが」
イエスは頭を掻く。
「言葉が通じるんだから、ガリラヤの近くだと思っていたんだけどよ」
「いえ。……ガリラヤなんて町は聞いたことないです」
「そうか……。まァ、おめぇ全然ユダヤ人っぽい顔じゃねぇしな。どうやらまったく知らねぇ土地に来ちまったようだ」
イエスはベルナデットの顔を覗く。年は二〇ちょうどくらいであろうか。さらさらとした直毛の金髪のショートカットに、少し日に焼けた白い肌をしている。
それらを見れば、彼女が自分と異なる出身であることがイエスはたやすく推察できた。
「そういえば、オメェ、名前はなんて言うんだ?」
「あぁ、申し遅れましたね。私はベルナデットと申します。貴方は……、ナザレのイエス様?」
ベルナデットは後ろにしがみついたままのイエスに名乗りを上げた。
「よせよ、イエスで良いぜ」
「そんな、余りにも恐れ多いことです」
「あァ? 別に構わねぇよ」
「分かっているでしょう? 貴方は貴族なのですから、私みたいな一介の騎士が無礼な口を聞くことはできませんよ」
「貴族……? 俺が?」
イエスはその言葉に二,三秒ほど唖然したのち、大笑いをあげた。
「ハハハハハ! 俺みてぇな肉体の良い貴族がいるかよ!」
「しかし、貴方は先ほど治癒魔法を使っていたではありませんか! 魔法は人間では尊き身分の方のみが使える力だってことは誰もが、それこそ騎士である私でも知っていることですよ!」
ベルナデットは狼狽えた。この国では貴族は身の安全が保証されている。その身を害する事は禁じられているし、無論奴隷にする事も法律で許されていない。
このイエスという男が道に迷った貴族だと思ったからこそ奴隷商から引き取ったというのに、それが勘違いだったのならとんでもないことだ。
「『魔法』だと?」
「えぇ、ご存じでしょうが」
「その『魔法』ってのはよォ、もしかしてこういうヤツのことを言うのか?」
イエスはおもむろにベルナデットの鎧の隙間に手を入れる、小さい悲鳴をあげた彼女をよそに、そこから顔ほどのサイズの薄いパンを取り出した。イエスはパンをちぎり、頬張る。
「うめぇ! 昨日奴隷商の奴らに捕まってから何も食ってなかった分、余計にうめぇや!」
ベルナデットは血の気が引くほどに驚いた。勿論、こんなところにパンを入れていた覚えはない。かといって、あらかじめ仕込まれたという訳でもないだろう。だいたいそんなことをされたらすぐに気付く。
魔法だ。魔法でパンを生み出したのだ。先ほどの治癒魔法のみならず、物体を生み出す魔法も持っているとは、そこまでの魔法力を持っている者は聞いたことがない。
「ほ、ほら! 使ってるじゃないですか!」
「こいつはオメェの言う『魔法』じゃねぇ。『奇跡』だ」
イエスはパンをちぎり、ベルナデットに渡す。
ベルナデットはホカホカのパンを手に取って仰天した。それは確かにトリックや幻覚ではない、本物のパンだった。
「奇跡……?」
「そうだ。主なる神から授かった、救いの力だぜ」
イエスは天に中指を立てる。
「だが、傷を治したりパンを出したり、ってのは単なる『証』さァ。はっきり言っておくが、一番大切なのはこのことをきっかけに神の愛を知ることだぜ」
「……その、さっきから『神』がどうのこうの言っていますが、それって何なんですか?」
「あぁ、俺のオヤジだよ。俺、救世主だからな」
「きっ、救世主?」
「そうだぜ。俺ァつまんねー律法でしんどい思いしてる奴らに、本当の神の愛を伝えるために今まで旅してきたんだよ。まっ、そのせいで死刑になっちまったたんだけどな!」
イエスは腹から声を出して大笑いする。
「いやいやいや! そもそも、生きているじゃないですか!」
「バカ、復活したに決まってんだろ!」
ベルナデットは確信した。この人は頭がおかしくなってしまったのだ。頭を打ったり、辛いことがあったりしたせいでこうなってしまったに違いない。
確かに、一般的な貴族が一つの系統の魔法しか使えないのに、複数の魔法を使える凄さは認める。卓越した才能だと世間は認める。だが、自分が神の子で、しかも一度死んで蘇ったというのは何だ。春頃によく出没するおかしなオジサンの妄言と何が違うのだろうか。
「オメェ、俺のこと頭おかしいって思ってんな」
「い、いや~、そんなことは……」
「見ろ」
イエスは舌打ちをし、両手を見せつける。
両手の中心には、それぞれ杭ほどの大きさの穴が開いていた。治安維持が主な仕事であるベルナデットはすぐに分かった。これは磔刑の傷であり、この男が刑に処されたことがある、ということを。
「足の穴と横腹の刺し傷も見てぇか? ン?」
「い、いえ……、もう結構です」
「そいつは良いことだぜ。できたら、見るまでもなく信じた方がもっと良かったけどな」
皮肉っぽい笑みをこぼすイエスに、ベルナデットは溜め息を吐く。
「貴方、本当にこの世界の人じゃないんですね……。分かりました。町に着くまで、貴方のことを教えてくれませんか。私もできる限りこの国、そしてこの世界のことをお話ししますから」
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「そうか……、どうやら俺ァ異国どころか『異世界』に着ちまったみてぇだな」
イエスはベルナデットと話を一旦区切り、溜め息を吐いた。
聞くところによると、この地域は『マキミリア王国』という巨大な王国が治めているようで、この大陸はすべてその国の領土とのことだ。そして、国の領土はベルナデットのような騎士団らによって治安維持が行われているらしい。
マキミリア王国は多くの土地を占領しているというので、ここではない他の地域の名前もいくつか聞いたが、一つとしてイエスにとって馴染みのある名前は出てこなかった。
復活の後、自分は天の国に行けるものだと思っていた。だが、神はまだそれを認めてくれていないらしい。イエスは神に尻を蹴飛ばされた様に思った。
「私もにわかには信じられませんが……、貴方の言う『ローマ帝国』や『イスラエル』なんて国はこの世界には存在しないのは確かです」
ベルナデットは視線を左右に揺らしながら思考を巡らせる。イエスから聞いた世界の歴史は、自分が知るものとはかけ離れていた。勿論、国の名前も聞いたことのないものばかりだった。
妄想だと一蹴することもできるだろう。しかし、彼の話は統合性がとれていて、信頼できるように感じた。神の子云々の話はともかく、彼がこことは異なる世界から来たということは信じても良いかもしれない。
「しかしよぉ、聞けば聞くほど、くだらねぇな。オメェの国はよ」
イエスは意地の悪い微笑みを口元に浮かべて言った。
「くだらない、ですか?」
「さっきまではここが『天の国』かと思ってたがな、とんでもねぇ話さァ。種族間での諍いは止まず、王は力と法で民を縛り付ける。ククク、ローマのクソッタレだってここまでひどくはなかっただろうよ」
イエスがむかっ腹を立てていたのは、マキミリア王国の内情であった。
現在、この王国には四つの種族がいる。元来より王国で暮らしていた人族、人よりも優れた魔法の知識
を持つエルフ族、族長の元で独自の生活を営む獣人族、未だに王国への抵抗を続けている魔族。
この何れもが互いを憎しみ合い、対立している。だというのに、王はそれらを調和させるどころか断絶するように仕向け、武力によって無理矢理に税を納めさせている。元はと言えば、その王が一方的にそれぞれの種族が暮らしている土地を国の一部にしたというのに。
何より、イエスが特段胸糞悪く思ったのは、それを話したベルナデットがそれをなんとも思っていないようであったことだった。別に、ベルナデットが特別そういう思想の人間なのではないのだ。
単にこの世界では人の価値で生まれで判断すること。人の物と心を暴力で奪うことが普通だったというだけだった。
イエスは、無性に悔しくなった。
「まぁ、色々問題があるのは認めますけどね。私はこの国のことそんなに嫌いじゃないですよ。一応騎士ですからね」
ベルナデットは立腹しているイエスを宥めすかす。
「国なんかいつかは滅びるってのに、ご苦労なことだぜ」
「町では言わないでくださいよ、そういうこと。逮捕しなくちゃいけなくなるので」
ベルナデットは溜め息を吐いた。今のマキミリア王国においては、国家や王に対しての不敬は重罪である。勿論、この国が滅びる、などと言うのもアウトだ。
他にも色々と決まり事があるが、何も知らない異邦人のイエスは些か危ないかもしれない。悪気もないのに逮捕されるのも心苦しい。
「まぁ、貴方がこっちの生活に慣れるまでは目をかけてあげますから、せめて大人しくしておいてくださいね?」
「へっ、ありがてぇことだな」
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そうすることでこの小説は多くの方に読まれるようになり、最終的にローマ教皇の元に届いて国際問題になります!
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