29 道を明らかにする者
「こんにちは、頭領も大変ですね」
「……ベルナデットさん」
反乱軍のアジトを出てすぐの段差の二段目、そこで膝を抱えていたグルーシャに声をかけたのは軽装の鎧の上にローブをまとった女、ベルナデットであった。
ベルナデットは有無を聞かずにグルーシャの隣に座り、微笑む。彼女の意図が読めずにいたグルーシャは何を言って良いのか分からず、黙りこくる。
熱い砂地の風が二人にそよぐ。
「……貴女も」
グルーシャが口を開ける。
「はい?」
「貴女も、今回の和平交渉は無視した方が良いと思いますか?」
ベルナデットが応える余地を入れず、グルーシャは言葉を続ける。
「私、本当は和平交渉をした方が良いと思っているんです」
「そうなんですね」
「勿論、長い間争ってきた相手を今更信用できない気持ちも分かります。我々魔族の多くは国を奪われて以来、マキミリア王国を憎んでいますから、仕方ありません」
「……」
「でも、本当に王国軍が和平を望んでいるとしたら、それを私は断りたくはないんです」
「それは、一刻も早く同胞たちを戦いから遠ざけたいからですか?」
「……それもあります。でも」
グルーシャは今までの溺れかけているかのような悶々とした表情を晴らし、言った。
「もし彼らが本当に戦いを辞めたくて、死にたくなくなったがために和平を望んでいるとしたら、そんな人たちを傷つけたくないんです!」
その時、彼女の後ろにイエスの影が見えたような気がした。ベルナデットはその青い目を見開き、彼女を見つめ直す。その瞳は、見つめられて困惑しているグルーシャを写した。
「一つ言っておきます」
「え?」
「もし、イエスだったら貴女にこう言うでしょう。『貴女の正しいと思うことをしなさい』とね」
「っ! はいっ!」
その言葉を聞いて、グルーシャはパァッといつもの笑顔を取り戻した。彼女の瞳には再び信念の灯火が宿る。
「すみません、わたしはやっぱり行きます!」
グルーシャは馬を呼ぶとそれに跨がり、ベルナデットに言った。
「言づてはしておきますから、安心して行ってきてください」
ベルナデットがそう言い切る前に、馬は町の外へと走って行った。これで良かったのだろうか。ベルナデットは考えていた。はっきり言って、こんなのは罠に決まっている。自分のやったことは彼女を見殺しにしたようなものだ。だが、なぜか彼女なら大丈夫な気がした。彼女にイエスの言葉を授ければ、何か良い結果に繋がるような気がしたのだ。
「イエス……、そろそろ出番じゃないですか?」
ベルナデットは一人、そう呟いた。
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「なぁ、フィーガ」
フィーガの部屋の中、イエスは彼女に膝枕をされながら歴史書を眺めていた。あまり未婚の女性とふれあうことが好きではなかったイエスだったが、過剰にまで甘やかそうとしてくるフィーガに少しばかり配慮する気持ちがあった。
この女は何かを恐れている。そして、その気持ちに彼女は押しつぶされてしまいそうなのだ。そう直感していたイエスはフィーガを責める気持ちが湧かなかった。
「なぁに、イエス?」
フィーガは、まるで我が子を見るような顔つきでイエスを見下ろす。
「俺ばっかりに構っているが、他に大切な人はいねぇのか?」
「……えぇ、もういなくなってしまったわ」
「いなくなった、だと?」
イエスが聞き返すが、返事はない。イエスが彼女の顔を覗くと、目には涙がたまっていた。
「悪かった。変なこと聞いて」
「良いの……、ねぇ、聞いてくれるかしら」
フィーガは涙を指で拭い、ポツリ、ポツリと言葉を続ける。
「……私はかつて、魔族が治める国にいたわ」
「あぁ、どうやら昔はあったらしいな」
イエスは持っていた歴史書を閉じ、床に置く。
「その頃は私にも大切な人……、家族がいたわ。お母さんとお父さん。……でも、皆死んでしまった! 私を置いて、皆いなくなった!」
話している内に彼女は大粒の涙をとめどなく流し続ける。イエスは上から落ちてくる涙の粒を、あえて
避けはしなかった。
「グルーシャは、どうなんだ」
「え?」
「オメェは良くグルーシャの話をするよな。聞いている限り昔からの仲みてぇだが、そいつは大事な人じゃねぇのかよ?」
「……えぇ、そうね」
フィーガはイエスの勘の鋭さに負け、本心を話す決意をした。
「グルーシャは、私が家庭教師をしていた頃の生徒よ。そこの本にも書いていたもしれないけど、彼女は魔族の王家の息女、つまりお姫様ね」
「なるほどな。姫が直々に国を取り戻そうってつもりか」
「私があの子をまかされたのは、あの子がまだ子供だった時よ。本当に可愛くて、まるで妹のように想っていたわ……」
イエスは何も言わず、彼女の話すことをじっくりと聞いていた。
その話を聞く度に、彼女がグルーシャのことをどれ程気にかけているか、その感無量の思いをひしひしと感じられた。
「……私は反対したわ。あの子は優しくて人を疑わない、はっきり言って戦いには向いていないわ。なのに、私の反対を押し切って彼女は……!」
「……そうか」
「イエス、貴方は私の元からいなくならない……?」
フィーガは嗚咽をしながらイエスに問うた。狭い四角形の部屋にすすり泣く声が響く。
家族を失い、妹のように愛していたグルーシャも自分の元から去った。もし、イエスまでも失ってしまうようなことがあれば、自分はもはや生きてはいられなくなるだろう。
自分が生きていることを、許せなくなるだろう。
「あぁ、オメェが望む限り、俺も神そばにいるよ」
イエスは目を閉じ、そう告げた。
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