28 和平を求める
反乱軍のアジトの一室、魔族の男は、グルーシャを横目で見ながら言った。
「あぁ、そうだ。俺は、アンタが王国軍の野郎共と停戦交渉をしないように言ってもらいたいんだよ」
彼がそう言った一方で、グルーシャは気まずそうな顔でうつむいている。それは先ほどの天真爛漫な彼女からは想像できない物であった。
「待ってください、どういうことですか?」
ベルナデットは慌てて聞き返す。今の話だけでは一体何のことなのかさっぱりだ。せめて、もう少し話を聞きたい。
「……このことは私からお話しさせてください」
グルーシャは沈んだ声のまま、ことの詳細を話し始めた。
彼女の話によると、今まで紛争を続けていた敵である王国軍の部隊から停戦の話し合いを願われたとのことであった。数年間厳しい戦いを強いられてきた相手からの停戦の願いは、一見すればありがたいものであるだろう。町も戦火を逃れ、潤うことであろう。しかし、その際に相手方はグルーシャが単独で交渉の場につくことを求めており、その点について反乱軍の中でも言い争いになっていたのであった。
「私は……、彼らの要求を飲みたいと考えています!」
「何を考えている! みすみす殺されに行くようなものだぞ!」
「しかし、この件が上手くいけば皆さんが平和に暮らせるようになります!」
「なるわけないだろ! 罠なんだから!」
グルーシャの意見を男は一蹴する。
ハタから聞いていたベルナデットは、内心彼の方を応援していた。この状況を鑑みれば、彼が停戦交渉を罠だと見るのは当然のことだ。それどころか、この場の全員がそう思っていることであろう。
ベルナデットは記憶を巡らせる。たしか、王国で西方を任されている将軍の名前は『ダン』。王国の中でもとりわけ由緒正しい貴族であり、王国に忠誠を誓っている男である。噂を聞く限り、あまり汚い手は使いそうにないが、絶対にこうした手を使わないとは言い切れない。
「なぁ、アンタたちも王国に反抗している勢力だろう? だったら止めてやってくれないか?」
男は同情を誘うような弱々しい顔で頭を下げる。その様子を見るに、随分前から手を焼いていたのであろう。
「ええっと、別に私たちはその……」
「あぁ、その通りさ。確かに僕たちは今の王国の在り方を良しとは思っていない」
「は?」
ベルナデットはエレツの言葉に素っ頓狂な声をあげた。
「いやいや、別にそんなことないですよね!?」
「今までのイエスの言動を見て、本当にそう思うのかい? だとしたら大馬鹿、いや、不義じゃないか。ベルナデット」
エレツは言葉を続ける。
「良いかい? イエスがこれまで福音を届け、救ってきたのは僕たち非人類や貧民、つまり王国に苦しめられてきた者たちさ。ただ金を集めたければ金持ち相手に『奇跡』を振る舞ってやれば良いものを、なぜそうしてきたか分かる?」
「さ、さぁ……。趣味じゃないんですかね」
「彼がそうした人々をまとめ上げ、ひとまとまりの仲間にした理由はただひとつ、この王国の体制を打ち倒すためだよ」
「そ、そんな話は聞いたこともありません!」
「当然だよ。そんなことを宣言すれば命が危ないからね。まぁ、一番弟子の僕くらいになれば彼が密かに考えていることも分かるよ」
「サ、サンも知ってたもん!」
「そうか。君もイエスを中々分かっているんだねぇ。……僕ほどではないが」
ベルナデットは、自信満々に緑髪をなびかせるエレツにどうしようもなくむかっ腹が立った。何が一番弟子か、勝手に話を大きくして、本当にそうなってしまったらどう責任をとってくれる。
「グルーシャ。僕たちのスタンスを明らかにした上で言うけど、今回の件は見送った方が良い」
エレツは一歩前に出て、うろたえているフィーガに訴える。
「君の行いを神は見ている。きっといつかまた平和を手にする機会が得られるだろう!」
そう言いのけたエレツに、彼らからはにわかに喜びの声があがった。自分たちは神に見守られている、そのように宣言して貰えるのは、終わりの見えない戦いに身を投じる彼らにとって救いたり得る物であった。
それに、今のエレツの言葉は、自分たちを支持すると宣言するようなものだ。今や救世主の名は国中に広まっており、潜在的な支持者も多い。それらが味方になってくれると思えば、どれ程心強いだろうか。
「頭領、イエスの一番弟子がそう言っているんだ。言う通りにした方が良いだろう?」
「は、はい……。少し、一人で考えさせてください」
そう言いのこし、グルーシャは外に出て行った。リーダーの賢明な判断に沸き立つ中、ベルナデットだけが彼女の思い詰めた顔が目に入った。
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