27 解放を予言する
「決まってらァ。オメェが俺をここから出すんだよ」
これはもう既に決められたことなのだ。そう言いたいかの様に、イエスは平然と言いのけた。イエスは再び手を伸ばしてケーキスタンドに乗せられた焼菓子を取る。
「どうして?」
フィーガには分からなかった。彼は何を考え、どう結論づけてこのように言ったのか。今の「どうして」という問いには、それらのモヤモヤがすべて込められていた。
「どうしてそうできると思ったのか?」、「どうしてそうしたいのか?」、あるいは「どうしてそうまでして私を守ろうとするのか?」、フィーガは内心ひどく混乱していた。
「フィーガ。オメェがこんなにも俺のことを想ってくれるのなら、俺が出ることを望むだろうよ」
「それは予言って奴かしら。『神の子』の」
「そうだ」
イエスは彼女の皮肉をものともせず、泰然自若としていた。
彼の声を聞く度に、フィーガの心のグラスにはどんどんと焦りが注がれていく。分からない。分からない。彼には一体何が見えていて、何を知っているのかが分からなかった。そのことを考えようとするだけでなぜか寒気がした。
「イエス、貴方の言うことは半分正しいわ」
フィーガは言葉を続ける。
「えぇ、そうよ。私は貴方のことを強く想っている。それこそこの世の誰よりもね」
「分かっているさ。……ありがとな。その気持ちは嬉しいぜ」
イエスの言葉にフィーガは一瞬たじろぐが、頭を軽く振って威勢を取り戻す。
「でもね、だからといって貴方をここから出すという訳にはいかないの。いくら貴方が望もうとね」
「これ以上はいくら言っても仕方ねぇ。時が来るのを待つだけだ」
「っ! いいえ、そんな時は来ないわ。貴方は私の世界からは出られないもの」
「ひとつ、言わせてもらう」
イエスは立ち上がり、言った。
「世界を生み出す権限は神にしかねぇ。俺たちは俺たちの世界で生きるしかねぇんだよ」
そのイエスの言葉に、フィーガはとてつもない重みを感じた。今、自分の目の前にいる男は傷を治すことと食糧を生み出す程度の力しか無い。だというのに、彼女はそんなイエスに底知れないプレッシャーを感じていた。
「まァ、いずれ分かることだ」
イエスは自身から見て裏側の焼菓子を取ると、再び着席する。
フィーガはふとその様が目に入った。スタンドを見ても、その種類の焼菓子だけが異様に少ない。もしかしてそれが好みなのか。そう思った途端、フィーガは急に気持ちが安らいだ。
気が張っていた顔が緩み、自然と笑みがこぼれる。
「それ、好きなの?」
「あァ、これめっちゃ美味いよな。もう無いのか?」
「フフフ、また買ってきてあげるからね」
フィーガは声を弾ませて言った。やはり、自分はこの人のことが好きだ。賢者のような奥深さと、少年のような純粋さを兼ね備えた希有な人。世界を想っている時の顔はりりしく、お菓子を頬張っている時の顔はかわいらしい。こんな人と二人っきり、ずっと話をしながら死ぬまで過ごせたらどれほどの幸福たり得るだろう。
そして今、それが叶っている。それをみすみす自分の手で壊すことなど、フィーガには考えられなかった。
しかし一方で、この生活の終わりをイエスは見通していた。そう遠くない日、それこそ数日の内にフィーガは自らの意志で自分を外に出すだろう、と。
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「そうですか! 皆さん、獣人族の里やエルフ族の森にも行ったことがあるんですね!」
「行ったことがあるって言うか、この二人はそこ出身の人ですけどね」
「えー! 初めて見ました! 私もいつか行ってみたいです」
「えぇ、機会あれば、でよろしければ」
「はい! 絶対、絶対行きましょうね!」
反乱軍のアジトの一室、フィーガとベルナデットは歓談に花を咲かせる。反乱軍の頭、といういかめしい立場に反して案外に明るく楽しげな彼女をベルナデットは快く思っていた。彼女と話していると、どうしてかやはりイエスを重ねてしまう。そこが彼女を気に入る大きな要因のひとつなのであろう。
「そうだ、お弟子の方々に頼みたいことがあるんだが」
二人が歓談が盛り上がっていたところを、ふと頭領のグルーシャの後ろに控えていた魔族の男がベルナデットたちに言った。男は若いながらも侮りがたい雰囲気を醸し出している。ベルナデットは直感的に、彼が非情に優れた戦士だと分かった。
「なん……」
「何かな? もしかして福音を聞きたいのかい?」
「弟子」という言葉に感じるものがあったのか、エレツはベルナデットを押しのけて聞き返した。
「いや、すまないがそういうことじゃない」
「ふん、まぁいいさ。言ってみなよ」
「……この分からず屋を説得してほしいんだ」
そう言って、男はグルーシャの頭に手を置いた。
「どういうことだい?」
「どういうことですか!?」
エレツと同時にグルーシャも魔族の男に問うた。
「頭領、アンタは分かってるだろ」
「……はい、言いたいことは分かっています」
「あぁ、そうだ。俺は、アンタが王国軍の野郎共と停戦交渉をしないように言ってもらいてぇんだよ」
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