25 イエスが捕らえられる
イエスが目覚めてまず先に感じたのは、ふわふわとしたカーペットの感覚であった。古くさくも安心感のある匂いが鼻腔をくすぐる。イエスはまだおぼつかない頭をはたらかせ、体を起き上がらせた。
「どこだ……?」
「おはよう。可愛い寝顔だったわよ」
「オメェ……」
「あれから数時間は寝てたのよ? 貴方」
イエスの正面では、つい先ほどまで同行していたはずの魔族の女が、テーブルに着き紅茶を淹れていた。どうやら、ここは部屋のようであった。部屋には窓はなく、天井の明かりがゆらゆらと二人を照らす。これでは今が昼なのか、それとも夜なのかすらも分からない。
「お砂糖とミルクは入れる?」
「……俺をさらうなんて良い度胸じゃねぇか」
イエスは警戒しながら彼女の動向をうかがう。幸い、自分の体にはいっさいの拘束具がつけられていない。自由に動くことはできる。
「あら、心外ね。私はただ、眠った貴方を家まで運んであげただけよ」
「そうかい、なら出てっても問題はねぇってことだな」
動きが制限されていない以上、大人しく捕まっていることもない。イエスは周囲を見渡し、この部屋の出口を探そうとする。
しかし、イエスは部屋の四方を見ても、出入り口を見つけることはできなかった。一面が本棚で囲まれ、人が入り込む隙間が見当たらない。
「嘘だろ!」
イエスは壁側の本棚を触って隠し扉を探す。しかし、それらしきものはどこにも見当たらなかった。
「無駄よ。私の魔法で貴方はこの部屋の出入り口を『認知』することはできなくなっているの」
「何だと?」
「……そうね、もう貴方はこの部屋からはどうしたって出られないのだし、教えてあげるわ」
女はポットの茶をティーカップに注ぎながら、言葉を続ける。
「私の名はフィーガ。まぁ見ての通り魔族よ。年は、まぁ人間で換算すれば二六くらいかしら。……そして、私は人間の『神経』を操る魔法が使える」
「神経……?」
「平たく言えば、人の意識を奪ったり、幻覚を見せたりすることができるってこと。例えば、『特定の物だけが見えなくなってしまう』みたいなこともできるわね」
フィーガの微笑みに、イエスは少なからず心が波立ち騒いでいた。今の言葉を信じるならば、自分は彼女の魔法によってドアが見えなくなってしまっている、ということになる。つまり出口を見つけることは不可能、彼女はそう言いたいのだ。だからこそ、監禁されたにも拘わらず、手錠や足かせをされていないのだ。いくら自由に動けようと、この部屋からは出られないのだから。
さながら、今の自分は蜘蛛の巣に引っかかった蝶のようなものなのだ。
「なるほどな」
イエスはため息を吐き、床に腰掛ける。この状態ではいくら動いても仕方の無いことだ。オタオタするおんは神の意志に反する。
「そう、無駄な抵抗はしない方が良いわよ」
「……だが、よくやるよなァ。そんなに俺の言うことが気に入らなかったか?」
「は? どういうこと?」
フィーガは虚をつかれたような声をあげた。
「カマトトぶってんじゃんぇぞ。俺のことが憎いから、こうして閉じ込めたんだろ?」
「……フフフ、ハハハハハ!」
フィーガは張り裂けるような大笑いをあげると、イエスのもとに近づいた。そして、彼女はイエスの前で膝を着くと、そのままイエスを押し倒し、唇を奪った。
イエスは予想外のことに気が動転し、フィーガを突き飛ばそうとする。しかし、彼女は押されることなく、むしろイエスを床に磔にするように固定した。
フィーガの舌はイエスの口の中を侵食し、征服していく。彼女の豊満で凹凸の激しい体にいやらしく絡まれ、身体の自由を奪われる。そんな中でもイエスはのたうち回って抵抗するが、そのたびにフィーガは一層力を強めた。
結局、その長いキスは五分以上続いた。
「救世主さまは案外ニブいのね。よく言われない?」
「うるせぇ! 何なんだ!?」
イエスは後ずさりし、フィーガから距離を取る。本棚に背中をぶつけ、床に数冊ばかり本が落ちた。
「貴方のことが好きよ。救世主、……いえ、イエス」
フィーガは恍惚の表情を浮かべながら再びイエスにのしかかる。彼女の髪が垂れ下がり、イエスの顔にかかる。どこでも嗅いだことのないような摩訶不思議な甘い香りに包まれた。それのせいか、あるいはフィーガの魔法のせいか、イエスは力が出し切れなかった。
「……貴方のことは前から知っていたわ。人間なのに、他の種族にも教えを授けて助けているってね。私も是非とも話を聞いてみたいって思ったわ」
「だったらもう満足だろうが!」
「でもね、実際に会ってみた貴方はすごく純粋で……、素敵な人だった。ずっと貴方の話を聞いていたいと思えるほどにね」
「だからって閉じ込めることはねぇだろうがよ!」
「はっきり言うけど、こんなことをしていたら貴方、殺されるわよ」
彼女の目がギョロリとひん剥かれる。
「国民に異なる神を信仰させて、国策に反する教えを授ける。貴方のやっていることはマキミリア王国に対する反逆に他ならないのよ? いずれ、エドワルド王が貴方の行いを『国家反逆罪』で罰しようとするでしょうね」
「オメェには関係ねぇ……!」
「私はっ! そうなってほしくないのよ!」
フィーガは狂ったように昂ぶり、イエスの両肩を握る。メキメキと不安げな音が鳴ると共に、イエスの全身にしびれるような痛みが広がる。肉体が悲鳴をあげ、バラバラに砕けそうになっていく。
「ぐっ! があぁぁっ!」
「貴方のような美しい心の人が死ぬなんて耐えられないっ! 遠くにいってほしくないのよ!」
フィーガはその端麗な顔をひどく歪ませ、イエスを害する。彼女の悲痛な叫びが、直にイエスに伝わっていった。
その瞬間、イエスはある種の冷静さを取り戻した。彼女に対する哀れみが持てたのだ。
「……茶でも飲むか」
「っ! そうね、お茶が冷めちゃうわ」
フィーガは一転して落ち着き取り戻し、イエスから手を離すと席に戻る。テーブルには二人分のカップと、様々な菓子が用意されていた。
イエスは肩を押さえながら、覚悟を決めて席に座る。その様子にフィーガは満足げに微笑んだ。
「そう、この世界は私と貴方だけ……。誰も邪魔できないのよ?」
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「……遅いですね」
一方ジェレバの町の宿場の前、すっかりと日が落ちて暗くなった中でベルナデットはイエスの帰りを待っていた。砂漠の町の夜は寒い。ベルナデットは毛布にくるまったまま店の前で待っていた。
「まだ起きてたの?」
朝早く目を覚ましたサンが、怪訝な顔でベルナデットに問う。
「心配で眠れませんよ。昼すぎから帰ってきていませんから……」
「別に大丈夫だよ。イエスなら」
「そうは言いますけどねぇ……」
「それに、サンさっきイエスのこと見たよ?」
「え?」
ベルナデットはサンを思わず見返した。
「ついさっき、外にいたのを見たよ。声をかけても返してくれなかったけどね」
ベルナデットは考え込んだ。てっきり、あの時の魔族の女のところにいるとばかり思っていたが。ベル
ナデットは拍子抜けしてしまった。
「本当ですか?」
「うん。あと、エレツ君が昼過ぎに井戸の近くで見たって言ってたよ」
「っ!? ……そんなはずありません。その頃にはとっくに離れていたはずですよ」
「うーん、何なんだろうね」
何かがおかしい。ベルナデットはこの町の底から湧き出る異常さを感覚的に感じ取っていた。
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