23 水を噴き出させる
「俺はナザレのイエス! オメェらに福音を授けに来た男だ!」
イエスは右腕を天高く上げて、張り上げるように叫んだ。噴出し続ける大量の水をバックに、イエスの声は町中に響きわたる。
この男が、数ヶ月前からこのマキミリア王国で名を揚げているあの『神の子』だというのか。呆然と救世主を見上げる数十人の民衆を前に、イエスは変わらずに悠然と立っていた。
「っと、その前に……、せっかく水が出たんだ。皆で飲もうぜ!」
「よ、よろしいのですか?」
店主がおずおずとイエスに問いかける。
「当たり前だろ。俺だけじゃこんなに飲めねぇだろうが」
「しかし、キリスト様は説教をなさるためにお越しになったのではないのですか?」
「ハハハっ! そんなに神の教えが聞きてぇなんて、俺以上の信仰者だな、おい!」
イエスは口を押さえて、噴き出すように笑う。
「神の教えってもんは『種』と同じさァ。土が痩せてたり、上にイバラがかかっていてはうまく育たねぇ……」
そう言いながらイエスは桶に水を入れると、それを店主に突きつけた。
「勿論、水がなくてもな。……さぁ、飲めや」
店主は数瞬遠慮するようなそぶりを見せたが、我慢に耐えかねて桶の水を浴びるように飲んだ。
水は体にしみこむ様になくなり、たちまちに桶は空になる。
「美味い……っ! こんなに水が飲めたのはいつ頃なんだろう……!」
「昼間っから酒飲むのも何だからよ。水飲みながら話そうぜ」
イエスが話す中、未だ民衆は見に徹していた。もしイエスが王国側の人間であったら、水の中に毒が入っていてもおかしくはないからだ。しかし、民衆のうちの何人かは今か今かと井戸に迫ろうと構えているようであった。
「オメェらも、見てねぇでこっち来いよ!」
そんな彼らに、イエスは手を振って呼び込む。民衆はせき止められた物が外れるかのように井戸に詰めかける。次々と水が汲まれていくが、なみなみにたまった井戸は当分枯渇しそうにはない。
ベルナデットたちも列が途切れた頃に勺を借りて水を飲んでいた。
「どんどん飲め! ここにいねぇ奴がいたら、いくらでも呼んで来いよ!」
「キリスト様! 本当に良いのか?」
「構わねぇよ! こんな熱い日に冷てぇ水が飲めねぇなんて神は許さねぇだろうよ!」
イエスのその言葉に、店主の男は思わず涙ぐんだ。こんな過酷な土地で生まれ、紛争に巻き込まれる生活。誰も頼れる物などはおらず、神などとうの昔に見放していると思っていた。
だが、神はいた。ここにいたのだ。颯爽と訪れ、恵みをもたらした男。その男が神がいるというのなら、それを信じてやりたい。
「さてと、じゃあさっそくオメェらに神の教えって奴を教えてやっからな!」
イエスは井戸のそばに腰掛け、語り出す。この町に来て間もない彼の話を聞き入ろうとしない者はこの場にはいなかった。
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「水が出たくらいでびびってる奴なんていねぇよなァ!?」
「うぉぉぉーー!!」
「イエスぅーーー!」
「『神の国』はこんなもんじゃねぇぞぉー!」
それから程なくして、イエスの周囲には町民のほとんどが集まっていた。民衆は久々の潤いをただただ喜び、そしてイエスとの話を楽しんでいた。
元々娯楽のない町であったためであろう、イエスの訪問はすぐさま伝播した。噂の神の子を一目見ようと冷やかし半分で見に来た者もいたが、たちまちにイエスの熱意に飲み込まれ、素直に教えを乞うようになっていた。
あふれ出る水に話題の救世主、それらによってジェレバの町は、久しく忘れていた活気を取り戻しつつあった。
「ところで、イエス様は魔族のとは会ったことはあるか?」
イエスの向かいに座っている店主の男がイエスに語りかける。
「いや、一度もねぇな」
「それなら会ってみたら良いだろうね。さっきも言った通り、この町は魔族の反乱軍に統治、というより保護してもらっているんだが、彼ら、中々良い人たちなんだよ」
「そうなのか?」
イエスは彼の言葉に少なからず驚きを見せた。他種族のことを肯定的に受け入れている人間を見たのは、この世界に来て初めてのこともしれない。
「彼らの頭領が本当に良い娘でね、あっちも苦しいだろうに、生活の援助をしてもらっているんだよ。その代わりにこちらも色々と手伝いはsているがね」
「へぇ、魔族と隣人なのか! そいつァおもしれぇ!」
「しっ! 声が大きい! ……騎士の方もいるというのに」
「構わねぇよ。なぁ、ベル! 別に魔族と仲良くしたって良いよなぁ!?」
イエスは端で見張っているベルナデットに手を振る。それを見て、ベルナデットは気まずそうな顔をしてそっぽを向いた。黙認、それが彼女に許されている精一杯の返答であった。
イエスはにやりと笑い、店主の方に振り返りなおした。
「なっ?」
「……そうだな。正直のところ、同じ人間とは言え町を壊すことしかしない王国の奴らより、魔族たちと協力生きていきたいと思っている。それが我々の本音だよ」
店主は言葉を続ける。
「違う種族と仲良く暮らしているなんて、おかしい話かもしれないけどね」
「……良いじゃねぇか。おかしくてよ」
「え?」
「オメェらはスゲェよ。それこそ、おかしいくらいにな。……オメェらは今日神の教えを知った。だが、なんてことはねぇ。オメェらはその前から教えを実践していたんだぜ」
「それは一体?」
「『愛』だ。その前には種族なんて関係ねぇ」
イエスがそう言うと、店主ははっとさせられたような表情をあげた。しびれるかのような、感動に近い感覚を覚える。それはこの町の守護者である魔族のリーダー、『グルーシャ』の言った言葉と同じものであったのだ。
「……やはり、是非とも会うべきだ。そして、願わくば彼女らに力を貸してほしい」
「あァ。そいつらが望むなら、俺ァいくらでも力を貸してやるぜ」
「それはありがたい。きっと彼らも喜ぶだろうね」
イエスの言葉に、店主は満足げに頷いた。はじめ、神の子を名乗るイエスの意図が読めなかったが、聞いた限り今の政権のやり方を良く思っていないのは確かなことだ。それであれば、きっと反乱軍と協力することはできるはずだろう。
『救世主』と『反乱軍』、このふたつの勢力が力を合わせれば、もしかすれば新しい時代がやってくるかもしれない。凡ての種族が同じ大地の上で生きていける、そんな時代が切り開かれるかもしれない。店主の男は、小市民なりにこの国の行く末をおもんぱかっていた。
「あぁ、ところで……、魔族ってのはアイツみたいなやつのことか?」
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