22 ジェレバで伝道をはじめる
「疲れたー! そろそろきゅうけいしようよー!」
「おいおい、ついさっき休んだばっかりじゃねぇか。サン」
だだをこねてわめくサンを、イエスは仕方なさげになだめすかす。
イエスたち四人が獣人族の町、イルの里を出てから既に一週間が経った。旅立ちまでの間、ことあるごとにサンを引き留めようとするソールをどうにか説得し、四人は西端の辺境、ジェレバを目指していた。
その道は遠く、そして険しい。獣人族とはいえ子供のサンが泣き言を上げるのは仕方の無いことかもしれない。
「それに、もうすぐ着くんだからもう少しがんばりな」
「ほんと?」
「ホラ見ろ、地面が砂っぽくなってきてんじゃねぇか。ジェレバの町は砂漠地帯にあるんだから、近づいている証拠だ」
イエスは歩きながら地面を指さす。道路は先ほどまでの整備された土の道から、砂道に移り変わっていた。足下から熱が伝わってくる。
「こういう風に、物事には相応の予兆があるんだぜ」
「そっか、じゃあもうひとがんばりするね……」
サンは重い足を動かし、前に進む。
「いいか、それは『天の国』も同じだ。いづれ、この世界にもその予兆が来ることだろうよ。それが来るまでこの時代は滅びねぇのさ」
イエスはそう言うが、サンは訳も分からない様子であった。『天の国』の予兆、そんな先のことより
も、いつになったら町に着けるのか。それのみがサンの思うところであった。
「なるほど……」
その一方、エレツは歩きながら、自分の手帳に書き込みを入れていた。手帳のページには、イエスの言ったことが一言一句、漏れることなくまとめられている。
「オメェも飽きねぇな。エレツ」
「君の言うことをこうしてまとめておけば、後々見返せるだろ? 僕が旅に着いてきたのは、君から教えを受けるためでもあるんだからね」
そう言いながらも、エレツはイエスの言葉をさらに書き足していく。
それを見ていると、イエスは口を開きづらく思えた。いちいち言ったことを記録されていては、不用意なことは言えないだろう。
イエスは、ほとほと困り果てたような目でベルナデットの方を見る。
「いいじゃないですか。イエスだっていつか死ぬんですし、生きている内に言ったことをまとめておいた方が良いと思いますよ?」
「死ぬわけないだろっ!? ……し、死ぬの?」
「当たり前だろ、人なんだからよ」
「うぅっ……」
イエスのぶっきらぼうな答えに、エレツは目を潤ませる。エレツは袂にメモをしまうととぼとぼと歩き始めた。
勝手に落ち込まれてしまったが、ともかくメモを止めてくれて良かった。イエスは安堵のため息を吐いた。
「ていうか、前死んだことあるって言ってましたよね。イエス?」
ベルナデットがイエスに問う。
「あァ、そうだぜ」
「死ぬのってどんな感じなんですか?」
「おいおい……、悪趣味だな」
イエスは怪訝な顔でベルナデットを一瞥する。
「ちょっとした興味ですよ。他意はありません」
「いいか、人間の体はいずれ滅びるが、その魂は……」
「いや、そういう説教じゃなくて、実体験を教えてくださいよ。天国に行けたりしましたか?」
「……そんな良いもんじゃあねぇな」
イエスは言葉を続ける。
「体中痛くて熱海はボーっとするし、血が冷たくて体は寒くなるし……、できればもう二度とあんな体験はしたくねぇよ」
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「ここがジェレバの町ですか」
ベルナデットは苦い顔をして辺りを見渡す。
ジェレバの町は伝聞通りの有様であった。砂漠の中にぽつりと建っているその町は建物の多くが半壊しており、人々はその影に隠れてひっそりと過ごしている。頭上から太陽がカンカンと照りつけているのにも拘わらず、町はどこか薄暗い雰囲気が合った。
一応、反乱軍がこの町を統治しているはずだが、この様子では十分な施政は行われていないであろう。
ベルナデットはそう思った。
「ともかく、休めるところを探そうぜ。水もほしいしな」
「それならあっちだよ! イエス!」
サンはイエスの手を引き、一つの建物の前に連れていく。その前の看板には、掠れた文字で『宿屋』と書かれていた。中からは人の気配が感じられる。
「あぁ、やってるみてぇだな。入るか」
イエスはノブに手をかけ、店の中に入る。外の寂れ具合に反して、中は比較的快適な様子であった。
「いらっしゃい、お客さんかい?」
カウンターの奥から、店主らしき男が声をかけてきた。
「あぁ、数週間ほど泊まりたいんだが、これで足りるか?」
イエスは袋から金貨を一〇枚ほど取り出し、店主に見せる。
それは旅立ちの前、ソールから受け取った選別であった。貨幣ごとの価値を理解していなかったイエスだったが、中身に仰天していたベルナデットの様子から、はした金ではないと言うことだけは分かっていた。
この国では人間以外の種族には特別重い税をかけられている。だというのにこれ程までの支援をソールはしてくれたのだった。
「お客さんっ、そんなにいただけないよ。四人が泊まるなら、せいぜい金貨二枚だね」
「ベル、これってどうなんだ?」
「随分安いんですね。王都の宿屋だと倍は取られますよ」
「こんな辺鄙なところだからね。お嬢さん」
「あと、水がほしいんだが、もらえねぇかな」
イエスがそう言ったその瞬間、店主は表情を硬くした。
「悪いけど、水はあげられないな」
「タダって訳じゃねぇよ。金は払うぜ」
「いくら金をもらってもあげられないね」
「なら、どういう了見だい?」
エレツは語気を強めて聞いた。イエスが持っている金は小さい家を買えるほどある。だというのに、水を渡せないというのはおかしな話だ。それも、命に関わる水を渡さないというのは死ねと言われているような物ではないか。店主への不信感を抱かずにはいられない。
「そう責めるなよ」
「す、すまない」
「だが、店主。理由くらいは教えてくれても良いだろ?」
「……自分の分しかないんだよ」
店主はイエスたちにささやくように言った。まるで、外に聞こえないように気を遣っているようであった。
「何だと?」
「お客さん方も、この町が紛争地域だってことくらいは知っているだろ?」
「あぁ、今は反乱軍が統治しているんだろ?」
「そう、その反乱軍が我々に物資をくれるんだが、限られた物資しかない中で分け合うとなればどうしても必要最低限な分しかなくなるもんでね……」
店主の深刻な顔が、今の発言に信憑性を与えていた。イエスは店主の顔を見る。肌は乾きでガサガサになっており、唇はひび割れている。
「水も王国軍のせいで井戸が枯れてしまって……。だからお客さんに出す分がないんだよ」
「なぁ、店主。俺が……」
「待ってほしい、イエス」
イエスの前に立ち入り、エレツは店主を見上げる。
「水がほしいのならば、僕が与えようじゃないか」
「ど、どういうことだね」
釈然としない様子の店主をよそに、エレツは外に出る。外は相変わらず太陽が照りつけ、空気は乾燥し
ている。エレツは向かいにあった井戸を見つけると、そこに腰掛けた。
「もし、この井戸から水があふれんばかりに出たとしたら、それは『奇跡』と言えると思わないかい?」
「えぇ、それは、まぁ」
店主はエレツの言葉の意図がつかめず、生返事をする。
「エレツさんは何を……?」
「まぁ見てな。考えあってのことだろうぜ」
イエスたちが見守る中、エレツは静かに井戸に手を置く。それが気になってか、周囲の人々も彼の挙動に注意を向け始めた。
エレツは二三度息を吸って吐き、声をあげる。
「『龍脈』っ!」
その言葉と共に、井戸から水が噴き出す。水は高い柱となり、高くそびえたった。
町全体に気持ちの良い水しぶきが散らばる。住民たちはその光景にただただ驚愕したのち、力の限り歓喜の声をあげた。
これ程の水があればどれ程暮らしが楽になるだろうか。文字通り、生活に潤いが与えられる。
「ありがとうございます、旅の方っ!」
「僕の水系統の魔法なら、こうして水脈を復活することもできる訳さ」
エレツは満足げに言った。
「まさに『奇跡』! ……もしや、あなた様があの『救世主』ですか!?」
「いや、僕はキリストじゃない。……あの人と比べれば、この僕などは彼の靴紐をほどく価値もないのさ」
エレツはイエスに手を向け、一層高らかに叫びだす。
「『救世主』はそこにおられる彼だ! 彼こそが、『奇跡』を以て君たちを救いに来たんだ!」
「あの方がキリスト……?」
住民たちの注目は一斉にイエスに向く。エレツの挑発的な視線に気付き、イエスは彼の意図を瞬時に理
解する。
「エレツ……。あいつァ良い興行師になるぜ」
イエスは誰にも聞こえない声でそう呟いた後、民衆の前に躍り出る。彼らのふれんばかりの期待のまなざしにあてられる中、イエスは右腕を天高く上げた。
「俺はナザレのイエス! オメェらに福音(教え)を授けに来た男だ!」
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