20 寝取られる
「ソールさん、イエスは戻りましたか!?」
「いや、戻ってはおらぬ……」
「まさか迷子……? いや、そんな訳が……、とにかくもう一度探してきます!」
ベルナデットはソールの報告を聞くと、今一度馬に跨がる。
今日の昼に出て行ったきり、イエスが帰ってこないのだ。いつもはどんなに遅くとも、夕食に間に合う頃には帰って来るというのに、朝になっても姿を見せない。まさか、王国からの使いに捕まったのか。いや、そんなはずはない。そのような知らせは受け取っていない。
ベルナデットが捜索を始めてから既に六時間は経つが、一向にイエスが見つかる気配はない。何度も屋敷と里を行ったり来たりしたが、イエスを見たという者はいなかった。
太陽が段々と昇っていく度に、ベルナデットの焦燥感は高まるばかりであった。
「ベルナデット殿。焦る気持ちは分かるが、そなたは一睡もしてないであろう? 一旦休憩してはいかがか?」
「いえ、見つかるまで寝ている暇はありません」
「キリストもいい年をした大人ではないか。そこまで心配することもないと思うがのう」
「何を言いますか! もしものことがあってからでは遅いんですよ!」
「む、むぅ……」
ソールはベルナデットの凄みに思わずたじろぐ。酒場でのもめ事の際でもここまで鬼気迫るものは感じなかったというのに、何という気迫だろうか。
「ソールさんも部下の方に探すように指示してください。良いですね」
「……あい分かった」
ソールはしぶしぶと頷いた。
「まだ探してないのはエルフの森の方ですか……。いや、もしかしたら外に出てるということも……」
「よぉ、ベル。早起きだな」
「あいにく様ですが、ずっと起きっぱなしですよ」
「おいおい、ちゃんと八時間は寝ろよ」
「あのですねぇ。誰のせいでこんな騒ぎに、……って、はぁっ!?」
ベルナデットは動揺の余り馬から転げ落ちる。
「イエス!? 帰ってきたんですか!?」
ベルナデットは逆さまになったまま、朝日に照らされるイエスを見上げる。イエスはベルナデットに手を貸すと、起き上がらせた。
「どこに行ってたんですか!心配したんですよ!」
「どうってことねぇ。エレツの屋敷に世話になったんだよ」
「エレツのぉ!? 屋敷にぃ!?」
「じっくり話を効きてぇって言うもんだからな」
イエスはそう涼しげに言う一方で、ベルナデットとソールたちは愕然としていた。つい数日前まで一触即発の関係で、殺されかけたまであったというのに、あのエルフ族の代表の屋敷に一泊するなどありえないことだ。
ベルナデットは口をわなわなとさせ、イエスをにらみつける。
「なんで勝手に行くんですか!? せめて一言くらい言ってくれたら良かったのに!」
「日が落ちて帰れなかったんだよ」
「口答えしないでください!」
ベルナデットはイエスの胸ぐらを掴み、無理矢理に引き寄せる。半ば涙目のベルナデットの顔がイエスの目前に迫る。
「まぁまぁ、無事であったことだし良いではないか」
それを見かねてか、ソールはなだめすかすように間に入る。
「しかし、二人きりですよ、二人っきり! せめて私だけでも護衛に付くべきでししょうが!」
「あぁ……」
ソールは呆れたように生返事をする。なんというか、随分と二人で寝泊まりしたことに執着しているような言い方だ。彼女の怒りの本質は、安全がどうとかとはまた別のところにあるような気がする。
ソールは思わず邪推をしてしまった。
「そもそも、二人きりと言っても客人用の別館に通されたはずじゃ。案ずるでない」
「へ? そうなんですか?」
「左様、エルフ族は家族以外とは同衾せぬのが慣例であるからな」
「いや、一緒の部屋で寝たけどな」
イエスはさらりと言い放つ。
「と、とは言うても同じ寝具を使ったわけではあるまい。どちらかが床で寝たとか……」
「俺が床で寝るって言ったんだけどなァ。アイツがベッドで寝ろって言うもんだから一緒に……」
「このぉぉぉっ~~~!!!」
刹那、イエスの顎に鋭いアッパーカットが入る。風船の破裂するような音が場に響いた。顎は殴られた方に外れ、イエスの顔はL字に曲がった。
「はがっ!? はにひやはる!?」
「私ねぇ! そういうの一番気にくわないんですよ!」
ベルナデットは再度イエスを引き寄せ、ヒステリックに怒鳴り続ける。
「前々からの仲だった人を差し置いて、ぽっと出の新キャラになびくみたいな!? そういう軽薄で無責任で、考え無しの人間が一番っ、一番っ! 大嫌いなんです! どうやら、最近は王国でもそういう読み物を喜ぶ変態がいるみたいですけど、私から言わせれば、そんな情けないフィックションを書くなって話ですよ!?」
「待てっ、ベルナデット殿! 落ち着くのじゃ!」
「止めてください! これは私の問題なんです!」
「大体、いくら執着していようと別に恋仲でもない者であれば、自分以外の者と何かあってもそれは寝取られとは言わんのではないか?」
「言ってはいけないことを良くも! それが人の言うことですか!」
ベルナデットはあふれ出る怒りに突き動かされ、肩に背負った剣を抜く。
まずい、ソールは額に冷たい汗をかいた。ベルナデットは騎士の中でも随一の実力を持つ剣士だ。それは我々獣人族の襲撃を無傷で戦い抜いたことからも見て取れる。そんな名うてを止めるとしたら五体満足で済ませてやれる自信が無い。
そして、自分たち獣人族が騎士を手にかけることは重罪であることをソールは知っていた。
「覚悟しなさい!」
そんな気苦労もつゆ知らず、ベルナデットはソールに斬りかかる。流星のごとき剣の軌道がソールの額めがけて向かってこようとする。ソールはとっさに腕を上げ、防御姿勢を取る。
しかし、その時であった。
「グェっ」
ベルナデットは素っ頓狂な声をあげ、剣を落とす。彼女はそのままうつ伏せに倒れ込んだ。
「……良く分かんねぇや」
その後ろには、手刀を下ろすイエスの姿があった。イエスは自信の顎をはめ直し、カチカチと歯を鳴らす。
「キリストよ、無礼を承知で申しておく」
「な、何だよ」
「……気安く他人と寝るな」
「おい! 俺を娼婦かなんかだと思ってやがるな!?」
「……ともかく、今日のことは他言厳禁じゃ。特にサンには絶対に言うでないぞ」
そう言い放ったソールの顔はそり立つ崖のように厳しく、排外的であった。そのようなさみしい瞳を向けられて、反論を述べられる者はいない。
イエスはシュンと肩を落とし、何も言わず屋敷に戻った。
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