2 奴隷商に受け入れられない
一人の奴隷が、奴隷商たちを怒鳴りつけているところを見た。いい年をした、男の奴隷だった。
マキミリア王国騎士、ベルナデットはいつもの巡回任務の途中にその不可思議な現場を目撃した。ちょうど最寄りの町から十数キロほど離れた平原でのことであった。
その男は奴隷らしくヒゲや髪を無精に伸ばしてはいるが、肌は健康的に焼けており、体つきも良く精悍であった。しかし、何よりベルナデットが目を引いたのはそこではない。
その奴隷は、顔全体を赤く染めるほどに流血していていたのだった。
奴隷商たちの手を見る。彼らの手には、ベコベコにひしゃげた棒があった。それで殴ったのだろう、それも一回二回ではなく、何十回も。 騎士とは言え、若い女性であったベルナデットにとっては見るに堪えない凄惨な光景だった。
「おやめなさい! 奴隷とは言え、ちょっとやり過ぎでしょう」
戸惑いながらも、ベルナデットは馬に跨がったまま奴隷商たちに声をかけた。ただでさえ人を物扱いして日銭を稼ぐ卑しい者だというのに、その奴隷を虐待するとは許しがたい。
ベルナデットは厳しい目線を向けた。
「やめてほしいのはこちらですよ、騎士様! 少し前にこの奴隷を拾ったんですがね、さっきからずっと口を閉じないので困り果てておるのですよ!」
一方で、奴隷商のリーダー格の男はそう狼狽して答える。
「しかし、ここまで痛めつけることは……」
「そ、それは誤解です!」
「何を言ってるのですか。どう見たって」
「おい!」
ベルナデットの言葉を遮るように、その男奴隷ががなり声をあげた。その声に、ベルナデットは思わずビクリとする。
「……まず、礼は言うぜ」
男は言葉を続ける。
「オメェは俺を助けようとしてくれたんだろうなァ。ククク、そりゃあスゲェありがてぇことだ」
「はぁ……、それはどうも」
「だが、今はこいつらに話してやることがあるんだ。だから邪魔しねえでもらえねぇか?」
その男奴隷は怪我を気にもとめず、筋張った腕を組んでベルナデットを真っ直ぐに見つめた。それは相手に有無を言わせない、自信と余裕に満ちた眼であった。
「い、一体何を話していたんですか?」
「いいか、こいつらは道の途中、歩みが遅れた子供の奴隷を棒で叩いたのさァ。それを見て俺は想ったわけだ。こいつァ救わなきゃいけねぇな、ってよ」
男奴隷がとくとくと話すその様子を見て、奴隷商たちはまだ続くのか、と頭を抱えている。
ベルナデットはようやく状況を読めてきた。そうか、この男奴隷はおおよそ正義感でその子供をかばおうと説教をしたのだ。そして、それを奴隷商はうっとうしがっているという訳だ。
そのような格好付けをするとは今時なんと汗臭い奴なのだろう。良い奴には違いないのだろうが、ベルナデットは思わず苦笑をした。
「言ってやった。『テメェが奴隷を打つなら、神もまたテメェを打つ』ってな。俺たちが僕を許さなくて、どうして俺たちの主人である神が俺たちを許してくれる? いーや、許されねぇよなァ!?」
しかし、男奴隷が放った言葉は、ベルナデットの予想のあさっての方向に飛んで行った。
彼女は混乱した。もしかして、こいつは今話で出た子供の奴隷じゃなくて、奴隷商の心配をしていたのか。奴隷商たちが神の怒りを買うことを恐れていると言うことなのか。
……何故? 今の流れでどうしてそうなる。ベルナデットは彼の前に手を出し、待つように差し向ける。少し考えさせてほしい。
「は? 救うって……、そっち?」
「そうなんですよ騎士様! こいつ、私どもを救うとか言って聞かないのです! いくら殴っても止めないし、それが怖くて……」
「安心しな。はっきり言っておくが、俺ァ絶対に諦めねぇから。オメェらが悔い改めるまで待ってやっからよ! 何度でも殴られてやらァ!」
「ひぃっ!」
男奴隷は奴隷商のリーダーへ向け、顔を突き出した。噴き出している血が地面に垂れている。
この期に及んで、まだ殴らせようとしてきているのだ。にっこりと歯を出した笑顔が、奴隷商たちに底知れない衝撃と恐怖を与えていた。
かわいそうに、何人か涙目になっているではないか。ベルナデット自身としては、奴隷商売に対しては否定的に思っていた。先ほども許しがたく思っていた。
しかし、この時ばかりは同情した。
「どうすんだ! どうやったら許せる! 神はおめぇを許すことを待ってんのに、オメェはいつになったらそれに応えやがるんだ!」
「分かった、もう良い! もう勘弁してくれ!」
「そりゃあ、悔い改めるってことか!?」
「悔い改めるから! よく分からんが悔い改めれば良いんだろう!?」
「許すんだな!?」
「許す! それについてはもう責めないと誓う!」
「おーし! 分かってくれて嬉しいぜ! これでオメェにも福音が届くだろうよ!」
そう言って、男奴隷は相手の手を固く握る。心から喜んでいるのだろう、満足げにウンウンと頷き、奴隷商の長の肩を叩いている。到底、奴隷が主人に対してする行為ではないが今更誰も指摘することはなかった。奴隷商の長も、訳も分からず愛想笑いをしている。
「ハハハ……、何か解決したっぽいので私はこれで失礼しますね……」
こんなおかしい奴とこれ以上いられるか、馬鹿が移りそうだ。ベルナデットは馬を引き、退散しようとする。
その時であった。
「ん? おいおい、オメェ怪我してるじゃねぇか」
奴隷商の長が手を開けさせられると、いくつもの血豆が潰れていた。おそらく殴りすぎてそうなったのだろう。それを実感するとともに、彼は痛みで顔を歪ませた。
「ぐうっ……」
「手ぇ出せよ。ホラ、大丈夫だ」
「な、何をする?」
「オメェの罪は赦されたからよ」
男奴隷が改めて手を握る。
すると、たちまちに奴隷商の顔が安らかなものになっていった。まるで、深い森で沐浴をしているかのように安らいだ。
彼が手を開ける。すると、つい先ほどまで酷い有様だったその手が、まるで箱入り娘の手の様に傷一つ無い状態になっていた。
「これは『魔法』!? まさか、貴方はっ!?」
ベルナデットはとっさに声をあげ、男奴隷に近づく。彼が何か持っていないか目で探すが、何も持っていないようだ。つまり、そういうことなのだろう。
「ん? これが気になるのか?」
「奴隷商の方々、すみませんがこういう『訳』なのでこの方の身柄は引き取らせていただきます。よろしいですね?」
ベルナデットは語気を強め、奴隷商に通告する。
「え、えぇ。……あー、これは知らず失礼をお掛け致しました」
ベルナデットは一瞥し、男奴隷の脇を担いで馬の後ろに座らせる。
「おいおい! いきなりなんだよ!?」
「貴方を安全な場所までお連れします」
「そんなこと頼んじゃいねぇぞ!」
男奴隷はまるで訳の分からないような表情で、辺りを見回している。一体何のつもりなのか、
そう言いたげであったが、今はとにかくここを離れておかなければ、双方の不利益になるだろう。
ベルナデットは馬を町へと続く道へと向かせる。
「お待ちください!」
それを引き留めるように、奴隷商の長が男奴隷に向けて言う。
「何だ?」
「……最後に、お名前をお聞かせていただけませんか」
奴隷商の長はもの惜しげな表情を浮かべ、問う。
「イエス。『ナザレのイエス』だ。覚えときな」
イエス、そう名乗った男は振り返らず、手を振った。
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「いや……、ようやく厄介な奴がいなくなって良かったですね」
二人が去り、後ろに控えていた若い奴隷商が、長に言う。
「……そう、だな。あぁ」
「何か気になることでも?」
「いや、何でもない」
「ただあの男の手が、……妙に熱かっただけだ」
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